- ジャンル:政治・法律・社会
- 著者/編者: ジェイソン・ブレナン
- 評者: 松尾隆佑
リバタリアニズム入門
ジェイソン・ブレナン著
松尾 隆佑
デモクラシーに関する複数の刺激的な著作が既に邦訳されているジェイソン・ブレナンは、元々「アリゾナ学派」と呼ばれる新世代のリバタリアンの一人として頭角を現わした。彼の手になる本書は、融通無碍な立論と実証研究の重視というアリゾナ学派に特徴的な姿勢を保ちつつも、ロバート・ノージックをはじめとする多様なリバタリアンが繰り広げてきた主張をバランスよく整理し、近年の主流的見解をわかりやすく示す。充実した訳者解説も付されており、通俗的な誤解を排し、リバタリアニズムへの認識をアップデートするには、格好の入門書である。
そう、リバタリアニズムは誤解されやすい。保守主義の一派のように語られることもあるが、違う。ジェンダー平等やリプロダクティブ・ライツを重視し、同性婚を認め、セックスワークや麻薬、さらには臓器売買まで合法化できる(すべき)と考えるのがリバタリアンだ。むしろ保守主義者の敵だろう。保護貿易や移民規制、戦争に異を唱える点で、偏狭な自国優先主義や排外主義、対外拡張主義などとも対極にある。
自由放任の市場原理主義と見なされて社会正義には無関心だと考えられることも多いが、そう単純ではない。確かにリバタリアニズムは、左派に位置づけられる一般的意味でのリベラルとは立場を異にする。政府による市場への広範な介入に反対するためだが、それは社会正義を軽んじる態度ではない。むしろ逆である。少なくともブレナンの属する「新古典派リベラル」は、最小限の福祉制度や社会保険を否定しない。しかしそれ以上に、開かれた自由市場の尊重こそが社会正義に資すると考えるのだ。
市場の失敗を理由に介入したがる政府は、もっと手ひどく失敗する可能性が高い上に、企業と違って失敗後も大した代償を払わない。政府に強い規制権限を与えると、企業・団体はこれを介した利益追求を図るため、市場競争が歪められ、弱い立場の中小事業者や労働者・消費者が不利益を被る。そして政治知識に乏しく体系的なバイアスを避けがたい多くの有権者は、政府の失敗を修正させるどころか、往々にして非効率な政策を支持しつづける。これが現実である以上、利権の温床となる多くの規制を取り払い、本来の市場競争による経済成長を促した方が、貧しい人びとの生活を改善できるだろう。同時に移民の自由化を進めれば、グローバルな貧困の撲滅にもつながる。移民規制に賛成するような左派より、ずっと真剣に社会正義を考えているのがリバタリアンなのだと、著者は胸を張る。
リバタリアニズムの核心は、個人の自由を脅かす国家権力への懐疑である。また、政治的自由よりも市民的自由や経済的自由を根本的な価値として重視するところに、独自の特色がある。政治的自由は国家を介した他者の支配につながるため、安易には肯定できない。デモクラシーは自由を守るために概して役立つ限りで、手段としての価値を認められる。決して目的ではありえない。
このように明快な論旨は、納得も反発も生むはずだ。本書に導かれて自分もリバタリアンだったと目覚める人は、意外に多いかもしれない。他方、さまざまな疑問を抱く人も少なくなかろう。たとえば、政治的自由だけでなく経済的自由も他者の支配につながるのではないか。適切な介入がなされず独占・寡占に至った企業は政府と似た権力を行使できるから、やはり個人を脅かす。結局リバタリアンは企業と富裕層に甘いのではないか。献金やロビイングを厳しく規制すればよいではないか。貧困層の救済策も、経済成長が強調されるばかりである。いまさらトリクルダウンの幻想に惑わされる人がいるだろうか。
もちろん、あくまで入門書である。こうした反応こそブレナンの思うつぼかもしれない。思わず抗弁したくなる挑発的な問題提起で人びとを議論に誘うことが、リバタリアニズム最大の魅力だ。本書を端緒に、読者はさらなる論争へと手招きされるだろう。(森村進監訳・太田寿明・福原明雄訳)(まつお・りゅうすけ=宮崎大学准教授・政治学・政治理論)
★ジェイソン・ブレナン=米ジョージタウン大学教授・経済学・倫理学・公共政策学。著書に『投票の倫理学』『アゲインスト・デモクラシー』など。一九七九年生。
書籍
| 書籍名 | リバタリアニズム入門 |
| ISBN13 | 9784326155002 |
| ISBN10 | 4326155000 |
