『AIのひみつ』(西村書店)刊行記念
竹内 薫さんインタビュー
私たちの社会や生活を支えるライフラインや交通、通信といった社会的インフラはもちろん、朝目覚めてから夜眠るまで、あらゆる場面でAI(人工知能)が活用されている。西村書店から4月に刊行される〈地球の未来を考える〉SDGsビジュアルブックシリーズ最新刊『AIのひみつ 人工知能のしくみと未来のくらし』は、私たちの暮らしに不可欠となったAIについて、豊富な事例とイラストでわかりやすく伝え、考える一冊。本書の刊行を前に、監修者でサイエンス作家の竹内薫さんにお話を伺った。(編集部)
第4次産業革命の子どもたち
――シリーズ最新刊で第4弾となる『AIのひみつ 人工知能のしくみと未来のくらし』が間もなく刊行されます。今日は「AIとの共生」というテーマでお話を伺いたいのですが、まずは現在のデジタル・ネイティブ、AIネイティブの子どもたちに今何が必要かということをお聞かせください。
竹内 今の子どもたちは、基本的に第4次産業革命が進行するこの時代に生まれているわけです。その子どもたちが社会に出ていく頃まで第4次が続くのか、第5次になっているのかわかりませんが、いずれにしろAI中心の社会に変わっているでしょう。となると、やはり第3次産業革命までの暗記型の教育では駄目で、今は探究型スキルの社会に変わってきている。
世界各国を見ていると、例えばアメリカやカナダといったAI先進国では、大学の入試でも筆記のペーパーテストを廃止していて、そもそも一般入試というものはもうない。SAT(Scholastic Assessment Test)という標準テストは当然ありますが、その成績だけでは決まらない。そこが日本と全然違うところで、学生の資質を見るときに、もはやAI先進国では暗記型スキルは重要視していないんです。そうではなくて探究型の生徒かどうかというのを見る。
例えば高校の成績にしても、良い成績をずっと収めているのであればそれでいいですが、成績はそれほど良くないけれど徐々に上がってきているのであれば、逆にそれを評価するわけです。あとは先生たちの評価で、勉強の態度であるとか、ディスカッションに積極的に加わるかとか、そういったことも含めて成績表があります。それに加えて、課外活動でその子の個性を見たり、ボランティア活動や社会貢献のようなものも重視していて、そういうことも含めて総合的に見て入学が決まる。
日本でも一般入試はかなり減ってきていて、例えば東京大学に入るときでも一般入試ではない方法で入ることもできるわけです。ですから、これからの子どもたちは世界でも日本でも探究型スキルを身に付けないと生き残れない。今ものすごく大きなうねりが来ていて、子どもに求められる資質も変化している。この本には、社会全体がものすごい勢いでAI化されていく中で、教育の重要性が増していると書かれています。
――竹内さんは2016年に「YESインターナショナルスクール」を立ち上げられて、子どもたちの教育にも携わっておられますが、実際に今の子どもたちと向き合ってどういうことを感じられていますか?
竹内 子どもたちは実は問題があまりなくて、みんなスマホやタブレットを小さい頃からいじっているデジタル・ネイティブなんです。遊びながら試行錯誤して失敗しながらうまくなって、当然そういう技能が育っていく。問題は学校や教育する側にあって、第3次産業革命のアタマで教育をしていると、子どもたちはギャップがありすぎて受け付けない。ですから、子どもたちに対する「AI教育」ということで言えば、子どもたちにどんどんAIに触れさせて、遊ばせて失敗させてということをやっていくだけで実はいいと思うんです。
AIとの共生、AIとうまく付き合う
――『AIのひみつ』は、中高生や大人にとっても入口になるような本だと思いました。この本では、「AIは人間よりも正しい?」など、子どもたちにそういったことを考えさせる事例も豊富に掲載されています。
竹内 AIについての本は、日本ではまだ大人向けの本が多くて、特にビジネスに関する本がすごく多いと思います。ただ、子どもたちは、絵を描くときも、音楽を作るときも、文章を書くときもみんなAIを使うわけです。生成AIが登場して大変話題になりましたが、今はAIがどんどん万能化して、汎用AIの時代になっています。その万能化してきたAIをどう使いこなすか?
今の子どもたちは大人になったときにすごく有能なサポーター役が一人つくというイメージですね。例えば高校生がミステリー小説の脚本を書いたら、そのサポーター(AI)がそれを映像化、ドラマ化してくれるわけです。これまでであればスタジオで数十人を集めて作っていたようなアニメや漫画、映画やドラマが、サポーターである汎用AIだけで出来てしまう。ある意味、ポテンシャルが広がっているわけです。
ただ逆にそこで失われる仕事はたくさんあって、例えば羽田空港に隣接する大手宅配業者の集配センターでは、全部AI化されてコントロールされて、かつてそこで働いていた数百人の人たちは今はいないわけです。ではその人たちはどこに行くかというと、これはもう配置転換の時代なんです。すでに目に見えないところで大規模な配置転換が起きている。だからピンチでもあるし、チャンスでもある。公平な目で見て、もし自分がピンチになりそうだったら少なくとも数年前から準備をしておいて別の業種に移るとか、そういうことを考える。そうではなく、チャンスの方に回れるんだったら、AIをどんどん活用して活躍していく。そういったことが今の「AI教育」かなと思っています。
――個人情報をどうやって守るか、AIリテラシーをどのように身に付ければよいでしょうか。
竹内 個人情報でいうと、例えば自由民主主義の国がある一方、権威主義的な独裁国家もあるわけですが、AIに関してはどちらの陣営でも同じようなレベルのものが開発できるんです。そのときどちらを使うかという選択肢があって、現状ではわれわれは自由民主主義の国に住んでいるので、自分たちの陣営が作ったAIを使っている方が安全という指針がまずあります。例えば中国企業が開発した生成AI「DeepSeek(ディープシーク)」は、中国の国家情報法に基づいて、インプットした情報が全部中国政府に吸い上げられる。そういった知識を身に付けることがAIリテラシーであって、ただ便利だから使えばいいという話でなく、ちゃんと自分の個人情報が守られているのかどうかを確認した上で使う、あるいは使わないと決めることが重要です。
クリエイティブ・マインド、批判的思考力・論理的国語力
――AIを使いこなすために何が必要ですか。
竹内 いろいろと難しい問題がありますが、AIを使いこなすという意味で言うと、論理的に必要な情報を書くことができるかということ。つまり論理的な国語能力があるかどうかという話なんです。これまでだとAIやIT機器を使うというと、プログラミングができないといけないようなそんなイメージがあったわけです。ところが、今ChatGPTのo3だと、人間のプログラマー全体の上位0・1%に入ってしまう。今AIの方がほとんどのプログラマーよりプログラミングが上手なんです。ですからAIを使いこなすためには、プログラミング能力よりも、エキスパートとしての業務経験や、人の意見を鵜呑みにしない批判的思考力が必要です。その上で論理的にAIに指示できるか。それってようするに国語能力なんです。だからここに来て、ちゃんとした国語能力があって自分で物事を考えられる人は、あまりプログラミングができなくても、業務でAIが使えるようになってきたということです。
あと、もうひとつ、人から指示されて何かをやるという人はこれからは駄目で、われわれの側が自主的にクリエイティブにAIに指示を出す必要があるんです。結局、クリエイティブ・マインド、批判的思考力、論理的な国語力、これがないと今のAI時代を生き残れないと思います。
AIと人間の違い/道徳・倫理
――AIは予測不可能な事態に対処できません。竹内さんは本書の解説でAI時代の子どもたちに向けて、まず「AIについて知ること」次に「ゼロから何かを作ることのできる人間になること」と書いておられます。
竹内 結局、AIは過去の膨大なデータを学習して動いている機械ですから、過去のデータから学習できないものは予測できないんです。人間とAIとのいちばんの違いは何かというと、人間は心というもの、つまり意識を持っているところです。意識を持っているということは、ゼロから何かを作る仕事ができるということです。AIは意識を持っていないので自発的にゼロから何かを作ることはない。そこが人間との違いで、最後はやはり人間が判断をしていくわけです。
――人間とAIが共生するために、人間社会の道徳や倫理とどうバランスを取っていくべきでしょうか。
竹内 今、AIの世界では推進派と慎重派に分かれています。慎重派の人たちは、個人情報や著作権の問題、これまで起きなかったような犯罪や人権侵害が起きる可能性があるので、ちょっと立ち止まって、AIの開発について法律面も整備した上で道徳的なことを考えてからやりましょうと言っています。例えば、去年ノーベル物理学賞を受賞されたトロント大学の名誉教授ジェフリー・ヒントンさんも慎重派で、AIの急速な進歩に警鐘を鳴らしています。それに対して「OpenAI」CEOのサム・アルトマンさんや実業家のイーロン・マスクさんは完璧な推進派ですね。さらに危ない面では、軍事的なところでどんどんAI化が進んでいる。それは本来のAIの使い方ではないはずです。
それと技術的特異点(シンギュラリティ)という問題があります。AIは今意識を持っていないけれども、技術的特異点が来て何らかの形でAIが意識を持ってしまい、AIが自発的に考えて自分の利益だけを考え始めたらどうなるか。歯止めをかけつつ、節度を持ったAI開発をしていかないと、人類は破滅する可能性があるわけです。
特にプログラミングの話でいうと、AI自身が自分のプログラムを書きはじめたらどうなるか。今も、すでにある部分AI開発においてプログラミングが自動化されているわけです。それが全体に広がったら――。AIが自分で自分のプログラムを改造しはじめたときに何が起こるか分からない。人類が数十億年かけて得た意識、心、それをAIが獲得する可能性がある。まさに脅威ですね。
AIと
SDGs/いま私たちができること
――シリーズ全体に関わることですが、AIとSDGsの関りについてもお聞かせください。
竹内 SDGsとの関わりについては、国連の設定した17分野の目標のうち、4:質の高い教育をみんなに、9:産業と技術革新の基盤をつくろう、12:つくる責任、つかう責任、13:気候変動に具体的な対策を、という4つの項目にこのシリーズは関連があります。
4の教育については、これからは「AI先生」が登場してくるので暗記型のスキルは全部AIに任せて、人間の先生は探究型の授業を展開して子どもたちに応用力を身につけさせる。
9の産業と技術革新についても、AIは本当に今の社会インフラに不可欠だということでAIについて知る必要がある。
12のつくる責任、つかう責任というところでは、先ほどの個人情報やゆがんだデータに注意しなければならないということもある。つくる側もですが、つかう側がすごく気をつける必要があるという側面があると思います。
13の気候変動の具体的な対策ということでは、実際に今気候変動の予測でAIが使われています。AIを使うことによって精度が上がってきているということで、身近なところでは最近気象予測にもAIが使われているという論文が出ています。これまでの数理モデルだけでなくAIがいろいろな情報を分析することで、これ以上は精度が上がらないだろうと思われていたところまで精度が上がる。人間の熟練の天気予報士が勘で天気を当てるような部分をAIが補うんです。
――この〈地球の未来を考える〉SDGsシリーズでは、これまで気候変動、水、ごみ、そして今回はAIがテーマとなりました。
竹内 地球の環境自体もどんどん悪化しているし、今の子どもたちは本当に大変です。水がなければ人は生きられないし、このまま地球温暖化が進めば人類も絶滅する。ごみ問題にしても家の中からごみを集めて捨てたら終わりではなく、本当に環境問題との兼ね合いが難しい。このシリーズはぜひ親子で読んでもらいたいですね。今回の『AIのひみつ』は、子どもが書店や図書館に行って自発的に手に取って読んでくれそうだなと期待しています。
発明50周年、ルービックキューブ
――竹内さんはルービックキューブの愛好家とのことですが、昨年は伝記絵本『ふしぎな魔法パズル ルービックの発明物語』を出されました。 竹内 ルービックキューブが趣味なので、子どもたちにも当然教えるのですが、できるようになるのは、基本的に自分でやる子ですよね。やっぱりこういうものは教わるものじゃなくて、自分で習得していくわけで、それが面白い子どもたちはどんどん上達する。ルービックキューブが日本で発売されたのが1980年で大ブームになりましたが、2000年代以降インターネットが普及してアルゴリズムを共有したり競い合ったりする人が出てきたことで世界的にまた大ブームが来たんです。
――この偉大な発明が自然物からヒントを得たということはこの本で初めて知りました。
竹内 発明者のエルノー・ルービックさんは天才ですよね。ルービックキューブをやると手順、つまりアルゴリズムを考えるようになるわけです。これはコンピュータのアルゴリズムと全く同じで、数学の問題を解くときのアルゴリズムとも同じだから、そういう意味でも子どもたちにとって教育的なのがいいですよね。
――ルービックキューブをコレクションされているそうですね。
竹内 ルービックキューブは100個くらい持っていますが、最近忙しくてあまり回していなくて、少しアルゴリズムが抜けているかも。以前は最短記録30秒くらいでしたが、いまそれが1分くらいに落ちているかもしれません(笑)。(おわり)
書籍
書籍名 | AIのひみつ |
ISBN13 | 9784867060551 |
ISBN10 | 4867060550 |