- ジャンル:連載
- 著者/編者: フェルディナント・フォン・シーラッハ
- 評者: 中西光太郎
書評キャンパス
フェルディナント・フォン・シーラッハ『犯罪』
中西 光太朗
さて、「犯罪」と聞いた時、一体何を想い浮かべるだろう。
華麗な怪盗による窃盗? それとも、迷宮入りの連続殺人? いずれにせよ一般の人間は、その様な事件に現実で出合うことはそうそうない。
本書の著者フィルディナンド・フォン・シーラッハは、作家であると同時に、ドイツの現役の刑事事件を扱う弁護士である。彼が弁護を行ってきた七百を超す現実の事件から、着想を得た物語。そこには単なる「創られた物語」では終わらないリアリティが、写真のフィルムの様に焼き付けられているのだ。
収められた十一の物語の犯罪は、それぞれ事情が異なる。罪状が同じ殺人でも、事件の様相や動機、罪を犯した人物の動向、心情などが、それぞれ全く別物なのである。ミステリ小説や探偵小説のような、ある種の鮮やかさはないが、それ故にリアルな人物達の息遣いや一挙手一投足が、ありありと描かれる。
「序」にはこのような文章がある。
「物事は込み入っていることが多い。罪もそういうもののひとつだ」。
これは参審裁判所の裁判長を務めていた著者のおじの言葉である。そしてこの言葉に至る経緯も帰結も、序章で語られている。本書で語られる物事にはそれぞれに、裏打ちされた根拠があり、それが短編で描き出される個々の物語の厚みを創り出しているのである。
それは、老医師を妻を殺めるに至らせた「本物の誓い」であり、一人の家族思いの青年が法廷中を騙して兄を無罪に導いた〝真相〟であり、正確無比な一突きで死をもたらした、誰も身元を知らない人物の正当防衛と〝罪〟の可能性である。現実から抽出されたエッセンスが、本書には散りばめられている。その真実のエッセンスこそが、この物語をドイツ文学の名作の一つに数えさせる要因であることは言うまでもないだろう。
中でも注目したいのは、本書の総ての物語にリンゴが登場することである。しかもリンゴは、物語の重要な転換点に存在するのだ。犯罪をテーマとする物語の中でリンゴが描かれる時、それを「禁断の果実」のメタファーだと感じる人もいるだろう。
だが、シーラッハは本書の結びにたった一文、
“Ceci n’est pas une pomme”(これはリンゴではない。)
と、いっさいの説明なく、フランス語を残して、本書を閉じてしまう。十一章に亘って出てきた「リンゴ」が、「リンゴ」ではないというのである。では、「リンゴ」は一体何だったのだろうか。
その解釈は、人によって変わるだろう。だからこそ、本書を薦めたいのだ。
本書に登場する、あまりにも人間らしい登場人物達と「リンゴ」ではない「リンゴ」。シーラッハの、その場に引き込むような臨場感ある語り。「犯罪」と一言で纏めるにはあまりにも込み入った世界に飛び込み、貴方だけの「リンゴ」を摑み取ってほしい。
貴方がシーラッハから摑み取るリンゴは、どのような色、香り、形だろうか?(酒寄進一訳)
★なかにし・こうたろう=二松学舎大学文学部国文学科3年。趣味で小説を書くネット小説家です! 知らないことは書かないがモットーなので旅行でいろんな場所に行っていろんなものを見るのも趣味ですね!
書籍
| 書籍名 | 犯罪 |
| ISBN13 | 9784488186029 |
| ISBN10 | 4488186025 |
