- ジャンル:芸術
- 著者/編者: クエンティン・タランティーノ
- 評者: 西山智則
おれの映画人生
クエンティン・タランティーノ著
西山 智則
インタビューでクエンティン・タランティーノはいつも饒舌だ。『パルプ・フィクション』『イングロリアス・バスターズ』のように、彼の映画もおしゃべりが楽しい。
本書はタランティーノのCINEMA SPECULATION(2022年)の全訳である。「愛する映画と〝おれの人生〟について、タランティーノが語り倒す圧倒の37万文字」が帯に踊る。『ブリット』『ダーティハリー』『脱出』『ゲッタウェイ』『組織』『悪魔のシスター』『タクシードライバー』(以後『タクドラ』と略)『ローリング・サンダー』『パラダイス・アレイ』『アルカトラズからの脱出』『ハードコアの夜』の70年代の映画を彼は賞賛し、そして、ときに『ファンハウス――惨劇の館』のように、毒舌で批判もする。だが、愛を込めてしゃべり続けるのだ。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』を全く別の驚愕の小説に仕上げたタラの『その昔、ハリウッドで』(2023年)では、スタントマンのクリフ(映画ではブラッド・ピット)は映画通である。スウェーデン映画『私は好奇心の強い女――イエロー篇』を滔々と語り、『七人の侍』より「『用心棒』の何か、三船を超え、ストーリーを超えた何かが語りかけてきた」と彼は映画論を展開する。同じくタラも本書で70年代映画や映画の文化風土をしゃべりまくる。様々な劇場や二本立ての思い出も一緒に。
大学で映画を学んだルーカスやスピルバーグと違い、少年の頃タラは母によく映画に連れて行ってもらい、後にレンタルビデオ店の店員もした。1963年生まれのタラは、友達は『ワイルドバンチ』『ゴッドファーザー』を親に見せてもらえなかったが、「見ていたおれは、同級生からすれば大人びて見えた」。理由を尋ねると母は「あんたがニュースを見るほうが心配。映画はあんたを傷つけたりしない」と答えた。1970年から72年に「おれが目にした過激な暴力シーンを列挙しただけでも、たいていの読者は腰を抜かすだろう」。『エクソシスト』『悪魔のはらわた』はダメだと言った母はわけをこう答えた。あんたはまだ「暴力がふるわれる文脈が理解できないから、それをたんなる暴力のための暴力のためとして見てしまう」。
本書が扱う暴力は前世代の映画を解体する変革期の映画の暴力でもある。黒人俳優ジム・ブラウン主演の『ブラック・ガン』を黒人地区の映画館で見たとき、観客850人のうち白人はタラ一人、わきあがる拍手は「もっとも男性的な体験」だった。後ろの客が「とんでもねえワルの映画だな」と宣言したそうだ。不良のタラはかくして育った。
タラが『キル・ビル』でジョン・ウェインが扉越しに去ってゆくラストを引用した『捜索者』は本書でもよく登場する。『捜索者』ではコマンチ族に連れ去られた姪をウェインが探し求めるが、姪は酋長の妻になっており、ウェインの人種に関する苦悩が描かれる。トラヴィスが12歳の娼婦アイリスを勝手に組織から救出する『タクドラ』や、父がポルノ映画に主演した娘を夜の街で探す『ハードコアの夜』に影響を及ぼした名作だ。『タクドラ』のアイリスのポン引きのスポーツ(最初は黒人にする予定)は「コマンチの戦士スカーそのもの」である。
『タクドラ』のトラヴィスの人種観も考察される。TⅤ画面の黒人に銃を向けたり、店を襲った黒人を射殺するトラヴィス。その一方で「スプーク(黒人)をタクシーに乗せない奴がいるが、俺はどうでもよい」と言う。「この映画は、人種差別者についての映画なのか、それとも人種差別映画なのか」と問われる。ベトナム帰還兵の設定に対して、「バカ言え。トラヴィスはベトナムなんかに絶対に行っていない」とタラは断言する。ベトナムで黒人と共に戦っていれば、黒人を他者として怖れなかったはずだ。余剰軍備店でジャケットを買い、トラヴィスは自分がベトナム帰還兵だと観客に噓をつく「信頼できない語り手」と述べる。この点では『タクドラ』の影響を受けた『ジョーカー』の「面白いジョークを思いついたんだ」と言うアーサーの騙りとも接近するだろう。二人とも狂気の日記とネタ帳をつけている。
『ダーティハリー』のハリー刑事は人種差別主義者かと問う。ドン・シーゲル監督はハリーを「何でも黒人やヒスパニックのせいにする人種差別野郎」としたが、タラの意見は違う。「ハリーが人種差別野郎なら、この映画はもっと良くなっていた」。『狼よさらば』『タクドラ』のようなシリアス映画になったという。冒頭ハリーは少しも恐れずホットドッグを食べながら、当時、人々が恐怖した黒人の強盗団と対決する。ハリーは倒れた黒人に「俺が射ったのは6発か5発か賭けてみろ」と言い、最後でも白人の殺人鬼にも同じ言葉を「平等」に使うのだ。
引用魔のタラらしく、脱線して言及する映画は数知れない。映画の題名の洪水と映画同士のつながり。これぞめくるめくタラの世界の醍醐味だろう。70年代が鮮明に読者の頭をよぎる彼のおしゃべりが堪能できる大著である。(鈴木恵訳)(にしやま・とものり=文芸評論家)
★クエンティン・タランティーノ=アメリカの映画監督。監督作品に『レザボアドッグス』『パルプ・フィクション』(第四七回カンヌ国際映画祭パルムドール、第六七回アカデミー賞・脚本賞)『キル・ビル』『イングロリアス・バスターズ』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』など。
書籍
| 書籍名 | おれの映画人生 |
| ISBN13 | 9784163921259 |
| ISBN10 | 4163921257 |
