資料で読み解くアジア主義
スヴェン・サーラ/クリストファー・W・A・スピルマン編著
檜山 幸夫
本書は、アジア近代史において重要な思想の一つである「アジア主義」について、それを唱えてきた思想家・政治家・活動家・革命家・知識人などの著作・演説・宣言書・布告といった一次資料を載せそれに解説を加えて、その軌跡を追いそこにある真の姿を追求するとともに、「アジア主義の多様性」や「内在する可能性や危険性」を検討する素材を提供して理解を促すことを目的に著された一般書である。もっとも、内容的にはそれだけではなくそこには編者の独創的な「アジア主義」観があり、内容的にもかなり高度な専門性を有する独創的な著作でもある。
本書の構成は、「アジア」という西洋から与えられた特異な用語概念を踏まえ、「アジア主義」の根底にある「独立・解放と連帯」を求める論理を軸に、1850年から2025年の175年間を射程内に収め、その歴史的意味を理解するために54の項目を立てて33人の研究者が分担して執筆したものである。このため、分析の対象を日本はもとより中国・韓国・フィリピン・マレーシア・インドネシア・インド・トルコ等と、ほぼアジア全域に拡げるとともに、その範囲を樽井藤吉や岡倉天心から、ラス・ビハリ・ボースやタラクナート・ダス、さらに章炳麟や孫文だけではなく、戦後におけるマレーシア大統領のマハティール・モハマッドや中国外相の王毅から日本の和田春樹にまで拡げて、「アジア主義」の多様性を示すことによりその本質に迫ろうとしている。つまり、本書は「アジア主義」が戦前の日本の侵略や征服を正当化する理論として利用されてきたという側面だけではなく、帝国主義国の支配からの独立や解放を実現するための運動論として提唱されてきた側面や、さらに戦後の非同盟国運動としての地域主義という積極的な意味を見いだしている。
そこには、編者が独仏の和解からEUの誕生によるヨーロッパの平和と繁栄という成功事例を念頭に置いた、地域主義的結合を模範例とする論理を前提にしているように思われる。それは、本書が2011年に英語版で出版された『アジア主義に関する史料集』(上下巻)を底本としそこに若干の改訂などを加えて日本語に翻訳をしたものであること、その基になっているのが、編者であるスヴェン・サーラ氏が、2002年11月29・30日に主催した国際交流基金の助成と在日ドイツ大使館の後援を得て行われた、「近代日本史におけるアジア主義―植民地主義・地域主義・境界」をテーマとした国際研究会議から窺うことができるからにほかならない。これは、冷戦が終結し「多極的な世界への期待」が拡がり新たな国際秩序の再構築が模索され、地域内の和解・協力・統合が希求されていた状況のなかで、アジアにおける国境を越えた地域統合の制度化の可能性を探る試みとして、アジア地域主義概念の先駆ともなっているアジア主義思想を解き明かそうとした企画であったからでもある。
本書の特徴であるが、戦後日本の「アジア主義」に対する捉え方に注目したい。それは、編者が戦後の政治思想のなかに「戦前のアジア主義的右翼と戦後左翼陣営の連続性」を見出しているからで、これはさらにベ平連によるベトナム反戦運動をはじめとした大衆運動から、アフガニスタンにおける中村哲医師の活動といった事例を「アジア主義の伝統を受け継いでいる隠されたアジア主義」にみることができる。そこには、「アジア主義」が内包する多様性を注視する編者の主張がある。その意味からも、本書はアジア主義研究にとって必読の書といえよう。(ひやま・ゆきお=中京大学名誉教授・日本近現代史)
★スヴェン・サーラ=
上智大学国際教養学部教授・グローバル・スタディーズ研究科委員長・日本近現代史。ボン大学博士課程修了。
★クリストファー・W・A・スピルマン=帝京大学元教授・博士(日本近現代史)。エール大学大学院歴史学研究科博士課程修了。
書籍
| 書籍名 | 資料で読み解くアジア主義 |
| ISBN13 | 9784862516268 |
| ISBN10 | 4862516262 |
