2026/03/06号 3面

スコットランド道徳哲学

スコットランド道徳哲学 中村 隆文著 青木 裕子  我が国で「スコットランド啓蒙」について網羅的に書かれた本として真っ先に思い浮かぶのは、田中秀夫によるものだ(『スコットランド啓蒙思想史研究』1991年/『文明社会と公共精神――スコットランド啓蒙の地層』1996年)。J・G・A・ポーコックの思想の日本への紹介者でもあった田中は、スコットランド啓蒙を文明社会論、シヴィック・ヒューマニズム、共和主義、アメリカへの影響等の関心の下で論じた。中村隆文著『スコットランド道徳哲学』は、久しぶりに我が国で出版されたスコットランド啓蒙についての体系的な研究書である。しかし本書は、スコットランド啓蒙を網羅的に説明するものではない。本書の目的があくまでも題名のとおり「道徳哲学」にあることを著者は次のように説明する――「スコットランド啓蒙思想」は哲学思想のみならず、法学、政治学、経済学、歴史学、化学、建築学、文芸等を包摂するものだ。未だ知名度が低いのは、スコットランドが小国であったことにも起因するが、スコットランドはスコットランド以外にも影響を与えてきたし、イギリスが議会制民主主義と資本主義の先進国となる過程でスコットランドの思想家が果たした役割もそれなりに大きい。本書の目的は、歴史的にも意義があるスコットランド啓蒙の根幹をなす道徳哲学の意義と、今日的意義を考察することである。この目的のために、スコットランド啓蒙思想における道徳哲学の3つの特徴である「感情主義」、「自然主義」、「歴史主義」に焦点を当て、道徳哲学の理論的基礎を理解する――。  多様なジャンルからなるスコットランド啓蒙の根幹が道徳哲学にあるとして目的を設定していること等について疑問は残るが、本書の価値を損ねるものではない。本書は4部から成り、15章と終章、「はじめに」と「おわりに」によって構成されている大作であり、目次を見ただけでも著者の熱量の高さが伝わる。ここで本書の大きな特徴を二点挙げる。  第一の特徴は、「感情主義」、「自然主義」、「歴史主義」を検討する上で各々について重要な哲学者、思想家を取り上げ、その前後の影響関係を鮮明に浮かび上がらせようとしていることにある。ジョン・ロックからフランシス・ハチスン、ヒューム、アダム・スミスをはじめ、アダム・ファーガスン、トマス・リード、そしてプーフェンドルフを紹介したカーマイケル、ケイムズ卿等の重要性も伝えている。「歴史主義」に関してファーガスンの市民社会論の考察が多いのも本書の特徴である。  第二の特徴は、スコットランド啓蒙を今日研究する理由と意義を伝えようとしていることである。そのために、どのようなことが、誰によって、なぜ、どのように議論されてきたのか、専門的な内容を一般の読者にもわかりやすいように、できるだけ平易な文章で鮮明に伝えようとする強い意志が本書全体に通底している。  特に最後の三章(第13章「思想体系と現代へもたらした影響」、第14章「ヒュームの共感論の現代的意義」、第15章「アダム・スミス思想の現代的意義」)は、今日的意義をテーマとしている。著者によると、人間同士のつながりが希薄になった今日においては、「共感」や「エンパシー」というスローガンの下で健全な人間関係・社会関係を取り戻すべきだという論調が盛り上がってきている。このような「共感の時代」と称し得る現況下で、スミスの共感論が注目され、ヒュームの共感理論も引き合いに出されている。著者は、今こそ「経済社会において、道徳や共感は機能しうるか」を考察すべきであり、「アダム・スミス問題」は「現代においてこそ、きちんと論じられる必要がある」と述べる。著者が論じるように、私たちはスミスの共感論に立ち戻る必要があるだろう。本書は共感論の今日的意義を説いて締めくくられたが、重要な問題を提起してくれた。また、本書をきっかけとして、我が国におけるスコットランド啓蒙研究が活気づくことを期待する。(あおき・ひろこ=中央大学教授・政治思想史)  ★なかむら・たかふみ=神奈川大学教授・英米哲学。著書に『不合理性の哲学』『カラスと亀と死刑囚』『スコッチウイスキーの薫香をたどって』『なぜあの人と分かり合えないのか』など。一九七四年生。

書籍

書籍名 スコットランド道徳哲学
ISBN13 9784622098126
ISBN10 4622098121