映画時評 8月
伊藤洋司
物語はスコットランド沖の孤島の灯台を舞台として始まる。マイケルはそこで人目を避けて暮らし、少女のジェシーが彼に生活物資を届けている。この時点で、映画の後半で舞台がロンドンに移り、クラブでの激しい銃撃戦が描かれるとは想像しにくい。だが、彼は灯台にいられなくなり、事故で孤児となった少女を連れてロンドンに出る。そして少女の身の安全を託すため、クラブの怪しげな経営者に会いに行くのだ。話をつけた後、マイケルは自分の命を狙う集団がクラブに忍び込んだのを知り、踊る客たちに気づかれぬように、一人一人倒していく。やがて客たちも気づき、銃弾が飛び交う事態となる。ジェシーもマイケルに護られるだけでなく、ナイフを持った敵の一人を羽交い絞めにして助けもする。このクラブでの活劇の描写が秀逸だ。さらに、敵の一人がジェシーを連れ去ると、マイケルも彼女を探しに外に出て、今度は外の通りで銃撃戦が繰り広げられる。先ほどは現実の音だったクラブの音楽が通りではBGMとして流れるという音の処理も上手い。特に見事なのは、マイケルがジェシーを救出し、バイクに乗ってからの描写だ。夜道を全速で走るバイクの後部座席に少女が乗り、男にしがみつく。男の背中にそっとつけた少女の顔のクロースアップの素晴らしさ。夜の闇のなかにうっすらと見える少女の瞳の雄弁さに心を震わせているうちに、二人は目的地の波止場に到着する。いつの間にかBGMの曲調も変わっている。「もう行かないと」と、男。「いや」と、少女。カメラが画面の左奥に男の顔を、右手前に少女の後ろ姿を捉える。「こんなの間違ってる。私と一緒に来て」と、少女が言う。カメラが切り返しで少女の顔に寄り、少女が画面の右奥から左手前の男を見上げる構図になる。「普通の生活をしよう。お願い、私にはあなたしかいないの。離れたくない」と、少女が続ける。何という愛の言葉。父と娘のような関係で結びついた二人の孤独な人間の間で交わされる台詞が、まぎれもない愛の言葉として演出される。被写体深度の浅い画面で二人を照らす夜の明かりのみならず、少女の重要な台詞の前半であえて彼女の顔を見せず、途中から切り返しで彼女の顔に寄る編集が、脚本と演技の上手さを引き立てている。
銃声が突然響いて二人の感傷的な会話は終わり、少女はボートに乗せられる。後は、疾走するボートが二人の距離を大きくしていくばかりだ。少女がボートに乗るショットも見事だが、その後のあるショットが観客の心をさらに揺さぶる。マイケルは見えない狙撃手から身を隠しながらも、一瞬、海を走るボートへ視線を向ける。俯瞰のロングショットがボートを小さく示す。すると、カメラがボートの少女に寄り、画面の左端に彼女の顔がアップで捉えられるのだ。風で髪を揺らしつつ右方向を見つめるその表情が素晴らしい。
この映画、リック・ローマン・ウォーの『シェルター』の魅力を前にして、これ以上どんな言葉を連ねるべきだろう。『グロリア』の性別を反転させて成立したあるジャンルを指摘し、ヘイズ・コード期には成立しにくかったこのジャンルの系譜のなかに作品を位置づけるべきなのか。いやむしろ、コード期の『疑惑の影』や『狩人の夜』との秘かな連関を指摘するほうがはるかに有益ではないだろうか。
今月は他に、『美しく、黙りなさい』『ザ・ゴールドディガーズ』などが面白かった。また未公開だが、ソフィー・ルトゥルヌールの『冒険』も良かった。(いとう・ようじ=中央大学教授・フランス文学)
