2026/02/20号 4面

人間回復の場としての地域博物館

人間回復の場としての地域博物館 森屋 雅幸著 谷口 雄太  山梨が生んだ歴史家・網野善彦。没後二十年以上が経過するも、彼の人気は衰えを知らない。その網野が晩年に深く関わっていたのが、郷土・山梨における県立博物館の構想と設立だった。  本書の著者・森屋雅幸もまた山梨という地域に根差し、その場に生きる人々のつながりが生み出すもろもろの活動――著者はこれを「人間回復の博物館」と呼ぶ――に現代的な可能性を見ている。そうした著者が本書の鍵概念「〈縁起〉の間」を、網野の無縁論から導いたのは偶然ではなかろう。  著者のいう「〈縁起〉の間」とは、人と人・地域・自然・文化・歴史がつながる場のことである。第一部「地域のつながりとコミュニティ論」では、つながりやコミュニティが希薄化した現在、改めてその再生の必要性を説くが、その際、かつてのムラ共同体的なものや、行政サイドが「上」から主導するものというよりは、ある種「下」から新たに出来するものに著者は注目する。そこで浮かび上がってくるのが網野の無縁論であり、これまでの縁が一旦切れ、新たに縁が結ばれていくことの重要性を著者は強調する。そして、かかる舞台(場)を「〈縁起〉の間」と名づけた。  そのような「〈縁起〉の間」には、核となる演者(人)がいる。第二部「「〈縁起〉の間」を成り立たせるキーパーソン研究」では、著者の祖父と恩師のふたりが取り上げられ、彼・彼女をコアとする地域(山梨)でのもろもろの活動が具体的かつ繊細に描き出される。対象が近しいなか、可能な限り客観的にライフヒストリーを復元しているのはさすがというほかなく、第一部で見通した理論を、第二部で説得的かつ分厚く叙述・展開している。同時に、そこかしこから、ふたりの生と死が著者の生き方と人となりに多大な影響を与えていることも伝わる。祖父と恩師という「小さき民」の人生を、著者がふたりとともに丁寧に描き切っているのは本書の圧巻部分である。  そのうえで、第三部「現代社会における「〈縁起〉の間」」では、祖父・恩師との具体的な実例から拡げて、より一般に、「小さき民」を核とした人々による公民館的・博物館的な場や活動こそ、この時代における人間回復の環境として、今一層切実に求められているのではないかと結論する。  かように本書は現代社会を論じたものであるが、歴史学や民俗学など多彩な知見が援用されていて、人文学という学問それ自体の信頼回復に向けた著書としても読むことができる。歴史学をなりわいとする評者にとって、基礎系の持つ可能性が示され、非常に勇気づけられる一冊だった。  と同時に、学問をどう社会に活かすかという点についても、ひとつの方向性を与えてくれる。評者もまた、著者と同じく、研究と教育のふたつに興味を持ち、学校教育のみならず、社会教育・生涯学習に大いなる関心を有する。パブリックヒストリーが叫ばれて久しいが、具体例をひとつ挙げると、全国にいる市民が主体となって、対面・オンラインにて、チームを組んで『太平記』を読み、語句や意味を調べ、研究や史料を探し、自由に論点を発表・議論するというゼミレベルのワークショップをここ数年開催しているのだが、参加者の士気は高く、活力に満ち満ちている。逆に、大学のほうでも、歴史とつながって仕事をしている方々に定期的に登壇をお願いしている。学生・院生のなかには、社会的企業に入ったり、学芸員に就いたりと、歴史を活かすまちづくりを担う人も登場した。かかる評者の実践も間違ってはいないよと背中を押してもらえた気がした。  著者の描く世界と人々はとても優しい。他方、現実にはそれだけであろうはずはなく、著者が今回あえて外したビジネスの視点も重要だろう。久保健治『ヒストリカル・ブランディング』(KADOKAWA、二〇二三年)はこの歴史と経済の問題を論じていて、併読すると相互補完的であるかもしれない。網野の無縁論やアジール論も、より一層検討する余地はあろう。とはいえ、かかる研究と実践は著者のみならず評者の課題でもある。ともにチャレンジしていきたいと思う。(たにぐち・ゆうた=青山学院大学准教授・日本中世史)  ★もりや・まさゆき=法政大学キャリアデザイン学部キャリアデザイン学科准教授・文化財保護・コミュニティ・地域史。著書に『地域文化財の保存・活用とコミュニティ』など。一九八三年生。

書籍

書籍名 人間回復の場としての地域博物館
ISBN13 9784798919997
ISBN10 4798919993