ジャン・ドゥーシェ氏に聞く 440
失われた『カイエ』のアイデンティティ
HK 『カイエ』自体は、批評誌としてほとんど変化はしていません。五〇年代に批評誌としての編集方針が固まり、構成は現在に至るまでそれを踏襲したものとなっています。しかしながら、現在の『カイエ』は過去の世代との接点がなくなっているようです。何が変わったのでしょうか。
JD 何もかもが変りました。現在の『カイエ』は、『カイエ』の名を借りたほぼ別の批評誌です。
HK 具体的には、例えばヌーヴェルヴァーグ世代やその直系の世代とは、何が異なるのでしょうか?
JD これは私の個人的な意見であり、他の人も共有してくれるかはわかりませんが、簡潔に言い表すならば「趣味が悪い」。その一言です。何が良くて何が悪いのか、そもそも映画を理解していない人々が編集に関わっている。言い換えるならば、『カイエ』が取り上げるべきではない映画を重要視することが多々あります。そして、本来ならば取り上げるべき映画を軽視している。
HK 取り上げるべき映画とは具体的には?
JD 「作家主義」の映画であり、「映画とは何か」について真剣に思考している作品です。『カイエ』の過去には色々とありましたが、その点においては終始一貫してきました。『カイエ』のアイデンティティだからです。
HK 過去の問題とは、リヴェットが編集長の時代や、六八年革命前後の時代のことですか?『カイエ』が理論化していき、写真すら掲載されなくなり、発行部数が二〇〇〇部近くに落ち込んだ時代です。
JD 他にも色々とありましたが、その時代は『カイエ』が最も苦難に陥った時代です。私はすでに編集部を去っていたので、遠くから眺めていましたが……。
HK リヴェットに追い出されたからですよね。
JD 追い出されたのは私ではなく、ロメールです。私は自主的に去りました……。リヴェットの傲慢さにうんざりしたからです。しかし、それは些細な出来事です。リヴェットの時代の『カイエ』は――私は少しも好きではありませんでしたが――、編集部員たちの方向性がはっきりしていた。彼らの映画の選択は、非常に頭でっかちなものであり、誤りもありますが、映画批評誌としてやるべきことは行っていました。
HK 現在の『カイエ』は、やるべきことができていないということですか?
JD はい。そもそも私は、近年の『カイエ』は飛ばし読みをするくらいで、しっかりと読んではいません。特集内容や取り上げている作品を見るだけでも、編集方針が定まっていないことがわかるからです。現在の『カイエ』には、多くの〈専門家〉がいます。彼らは、「これを知っている」「あれを知っている」などと、自分の話ばかりしています。決して映画を好きなわけではない。映画を話している自分が好きなだけです。スノッブです。そうした問題が、雑誌の隅々まで感じられます。一つの編集誌としての方針がないのです。私の意見ですが、彼らの間にはおそらく共通の趣味はありません。バラバラの個々人が寄稿しているだけになっているのです。
HK 最近の映画批評誌は、大学の紀要のようになってきているとも言われています。
JD まさしくその問題なのです。映画批評と大学における学問の間に境がなくなってきている。そのふたつは、根本からして異なるものです。映画批評には選択が必要です。映画祭などの場にある無数の映画の中から、本当に重要なものを嗅ぎ分ける能力と趣味に関わる直感が必要なのです。しかし学問としては、多くの映画を並列的に扱う必要があります。ふたつを一緒にすることはできません。
HK 大学出身の書き手が増えていることもありますが、他方で映画批評を専門にして携わっている人もいます。
JD あなたが誰のことを指し示しているのかはわかります。私は彼のことが好きではない。映画のことを何にもわかっていないからです。彼の映画の趣味――もし趣味嗜好を持っているとしたら――は、本当に酷いものです。彼とその友人たちは、『カイエ』の伝統とは少しも関係がありません。本当に何の関わりもないのです。 〈次号へつづく〉
(聞き手=久保宏樹/写真提供=シネマテークブルゴーニュ)
