2026/05/01号 6面

「読書人を全部読む!」29(山本貴光)

読書人を全部読む! 山本貴光 第29回 推理小説鳥瞰  「読書人」第266号(1959年3月16日)を読んでいたら、第3面の「文学芸術」コーナーで「推理小説界鳥瞰 翻訳叢書の登場から創作ブームまで」という見出しが目に入る。私は「読書人WEB」でバックナンバーを閲覧する際、紙面全体を一望できるスケールで表示しており、その状態だと本文の文字は小さくて読めない代わりに、各種の見出しと写真が海のあちこちに浮かぶ島のように目につくのだった。  記事冒頭に4名の写真が置かれている他、記事中にもう1名の写真がある。後者は江戸川乱歩(1894-1965/65/推理小説作家)だとすぐに分かる。ただし、肝心の執筆者名は判然としない。誰だろうと拡大してみると、まさに乱歩御大による記事だった。思いがけないことで「おお」と声が出た。  文章はこんなふうに始まる。「それには何といっても早川書房の「ハヤカワ・ポケット・ミステリ・ブックス」の功績を称えなければならない」。ちょっと藪から棒の感じがして、どこかからの続きかなと思うものの、どうやらそうではないようだ。文頭に置かれた「ブームの先駆」という小見出しを受けているのかもしれない。  そう思って読むと、早川書房と東京創元社の出版物を中心として、それらが新しい読者を獲得したところから推理小説ブームの第1段階が生じたと指摘しており、「推理小説ブームの先駆には何といっても……」という文脈だと合点がゆく。  2つ目の小見出しは「創作ブームへ」で、その「先駆者は、昭和三十二年十一月出版の江戸川乱歩賞作品、仁木悦子の『猫は知っていた』であった」というので、空前のベストセラーとなった同書の波にのって刊行された「問題作」と「新人の作品」を労を厭わず列記している。ネットで検索すればさっとデータが揃う時代ではなかっただけに、余計にありがたみを感じる情報整理である。  続く小見出しは「推理誌の動向」で、『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン』(早川書房、1956年6月創刊、現『ミステリマガジン』の前身)や『マンハント』(久保書店、1958年8月創刊)といった推理小説雑誌に触れ、さらには「戦後、推理作家の本拠であり、新人登場の舞台となっている「宝石」誌はいろいろな事情で不振をつづけていたが、三十二年八月号から江戸川乱歩が編集に当ってその挽回を計り、三十三年春以来部数は倍加し、経営も黒字となっている」と自身の関わりにも筆が及んでいる。  もう一つ面白いのは「文壇作家の活動」「専門作家の新人」という残る2つのパート。ここでも作家の名前が多々挙げられていて、それ自体興味のあるところだが、それ以上に作家の分類の表現に目を引かれる。「文壇作家」といういまではあまりお目にかからない分類の代表者として松本清張が「本格と文学とを混然一体とした」と評されている。また、「専門作家」のほうは「本格派」「ミステリ小説」「ハードボイルド近似」「科学幻想」「ユーモア・ミステリ」とジャンルを分けてあり、これなども時代の変化を感じるところである。  鳥瞰が大好きな読者としては、「こういうのをもっとください」という眼福の記事でした。(やまもと・たかみつ=文筆家・ゲーム作家・東京科学大学教授)