大学紛争と大学改革の国際比較
羽田 貴史編
小杉 亮子
1960年代、高度経済成長といった社会変動を受けて高等教育制度の改革が社会的課題となった。1967年の諮問を受けて、中央教育審議会が1971(昭和46)年に答申した「今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について」(以下、46答申)は、これ以降の高等教育政策に大きな影響を与えた。本書は、46答申を中心とする1960〜70年代の大学改革を、高等教育研究や教育史、大学史を専門とする10人の執筆者が、大学紛争と国際比較という2つの観点から検討した論文集である。
1960年代に活発に起きた学生運動、なかでもキャンパスで展開した「大学紛争」では、大学のありかたが争点のひとつとなった。にもかかわらず、これまで、高等教育政策と当時の学生運動を併せて論じた研究は十分ではなかった。本書の大きな意義はここにある。
本書は、3部から構成される。第1部「大学改革案と46答申の総合的分析」で、60年代の大学改革の内容や議論の過程、各大学での改革の実相などが扱われる。第2部「大学紛争と大学改革の国際比較」では、日本と同様の事情を抱えていたアメリカ、イギリス、ドイツの事例が論じられる。第3部「大学紛争と大学改革」は、学生運動が大学改革に与えた影響が個別事例をもとに検討される。
当時の学生運動を研究する筆者にとってとりわけ興味深かったのは、第1部第4章「44答申と大学運営への学生の参加」(羽田貴史)である。中教審は学生運動への対応を諮問され、1969(昭和44)年に「当面する大学教育の課題に対応するための方策について」を答申した(以下、44答申)。これに基づき制定された「大学の運営に関する臨時措置法」(以下、大学措置法)にたいしては、69年当時は大学自治を破壊するとして反対運動が起きた。しかし本章の詳細な検討によれば、44答申も大学措置法も、大学運営に学生が参加する方向性を示していた。当時の学生運動から否定的に見られた44答申および大学措置法に、学生たちの問題意識と呼応しうる要素があったという指摘は重要だ。
また本書からは、高等教育政策が複雑な多面体であることが強く印象づけられる。冒頭で明言され、また第1部の各章で丁寧に論じられるように、教育改革は、社会と経済の変化、労働市場、政治、人口の変動、学問分野の変化といった複数の要因によって規定される(2頁)。また本書によれば、大学改革に関係するアクターは、政府・内閣、議員、研究者、大学に関わる中間団体、経済界など、実に幅広い。高等教育は、これらに規定されながら、最終的には法制度で構造化される。
このように大学改革を立体的に描く一方で、10人の執筆者のあいだで意見はさまざまではあろうが、本書の学生運動像はやや平板だと感じられた。例えば編者の羽田貴史は、60年代の学生運動は、同時代の他国の学生運動と比較しても特段暴力的であったし、「市民社会から乖離し、70年以降の社会運動として発展もせず、大学改革にも影響を及ぼさなかった」とする(13頁)。しかし実際には、当時、学生運動が暴力の問題を抱えたのは日本だけでなく、例えばドイツでは赤軍が誕生した。あるいは、当事者の証言は、学生運動参加者たちのなかから70年代以降も市民社会で活動する人びとが出たことを示している。
たしかに「大学解体」のスローガンを唱えた60年代の学生たち、あるいは筆者のような社会運動研究者が、本書で示されているような、高等教育制度に関する深い理解を持っていたとは言い難いだろう。しかし学生運動もまた、それまでの運動の遺産、社会運動圏のアクター、同時代の政治状況や社会的条件、参加者の個性、偶発的事件などに影響を受けながらできあがる、多面的な存在である。60年代の学生運動と大学改革は、2種の複雑なアマルガムの接点で摩擦とともに起きた現象だったのではないだろうか。(執筆=戸村理・蝶慎一・井上美香子・渡辺かよ子・福石賢一・木戸裕・荒井克弘・田中智子・小宮山道夫)(こすぎ・りょうこ=埼玉大学准教授・社会学・社会運動論)
★はた・たかし=広島大学名誉教授・東北大学名誉教授・大学史・高等教育論。北海道大学大学院博士課程中退(教育学修士)。共編著書に『官邸主導時代の高等教育政策』など。
書籍
| 書籍名 | 大学紛争と大学改革の国際比較 |
| ISBN13 | 9784861634147 |
| ISBN10 | 4861634148 |
