2026/06/26号 5面

鷗外、舞踏会へ行く

鷗外、舞踏会へ行く 美留町 義雄著 西口 拓子  鷗外のドイツ三部作のうち『舞姫』(ベルリン)と『うたかたの記』(ミュンヘン)に著者は取り組み、すでに二冊の良書を出されている。本書は『文づかひ』を対象とし、旧東ドイツのライプチヒや近郊が舞台となる。  引用される先行文献の多さからは、鷗外がこれほどまでに研究される存在であることに改めて感じ入る。それら先行研究をふまえつつ、著者は独文科で養ったドイツ語力を武器に丹念に研究を進めている。前著にひきつづき、文語文には現代語訳が付けられ、読みやすく、読み比べも楽しめる。三冊をあわせれば、鷗外のドイツでの四年間を追体験できるだけでなく、鷗外作品の再読へと読者をいざなう。  どのような人々に出会うかによって、海外での体験はかなり異なるものになるだろう。鷗外はドイツで多くの人に暖かく迎えられて(むろん、好奇の視線にさらされたことも描かれる)、根からのドイツびいきとなり、子どもたちにドイツ風の名前まで付けてしまったことが理解できる気もした。  第二章の独逸婦人会の総会への参加が非常に印象的である。数百人のうち男性はわずか十名ほどで、しかもプログラムの一部のみだけが参加男性に許可されたらしい。稀有な機会を得て黎明期の女性運動を目の当たりにすることができたのは、ライプチヒの知人のおかげであった。  鷗外は、定期会員となった劇場へ足蹴く訪れ、ドイツで人気の朗読会に出かけ、大量の本を買い込み、読み漁ったりもしたらしい。そうした文化・文明に積極的に出会うことが、鷗外の作品の土壌となったことは想像に難くない。これらは、意欲さえあれば誰にでもある程度の模倣はできそうだが、親切な人々との出会いは運によるように思う。第四章で描かれる貴族との交流、そして何より第三章の一般家庭で過ごしたドイツのクリスマスには鷗外の出会いの運の良さを感じた。寒く暗い外と、室内の暖かさ・明るさのコントラストもあり、異邦人を暖かく迎え入れるドイツの人々の思いやりが読者の心まで温かくしてくれる。帰国後に鷗外はドイツのクリスマス――現在でもツリーに本物のろうそくを灯すことが少なくない――を再現している。鷗外の子どもらの回想には「植木屋」を呼んだとあり、生木に「たくさんのろうそく」を使うという気合の入った再現をしていたらしい。ほのぼのとした情景のあと、鷗外亡き後に子どもたちが迎える寂しいクリスマスの様子が配され、読み物としても巧みな構成となっている。  第五章では『独逸日記』からツヴィンガー宮殿の宮中舞踏会の描写も引用される。それが非常に詳しいことに驚かされる。人名を複数記憶することは、母国語でも容易でないのに、舞踏会という見知らぬ大勢の集まる場でドイツの来賓の名前や肩書をいかにして記憶し再現することができたのだろうか。舞踏会でメモ帳に記入するという無粋なことを行っていたのだろうか。この疑問は、きちんと二五四頁の説明で解き明かされた。その宮廷の舞踏会は、当時内輪のものと、広く人々を招くものに分化していたそうだ。むろん鷗外が参加したのは後者のタイプである。新聞によると八〇〇名もの人に招待状が送られたというから、かなり俗化が進んでいる。しかしながら、それは稀有な経験であることに変わりはない。  さて、個人的な思いから最後に言及することにした第一章だが、ここで話題となるライプチヒは現在でもメッセの街として名高い。年二回開催されるブックメッセのうち、春の部が開催される場所だからだ。マンガ・コミック・コンという部門があり、コスプレをした来場者も多い。私も二〇二五年三月末に訪れ、あまりの来場者の多さに驚いた。むろん夜にはガイドブックにも載る超有名店のアウエルバハで食事もし、ゲーテの『ファウスト』に想いを馳せた。しかしながら鷗外を描いた壁画(本書の表紙絵である)が二〇〇九年にレストラン内につくられたことは寡聞にして知らず、いま非常に悔しい思いをしている。第一章を読んでいればこのようなことにはならなかったのだが、刊行の一年前だったので致し方ない。ライプチヒをはじめ、旧東独地域を旅する予定の方にもぜひ出発前に出会ってほしい一冊である。(にしぐち・ひろこ=早稲田大学教授・ドイツ文学)  ★びるまち・よしお=大東文化大学教授・日独比較文学・文化研究。森鷗外記念会常任理事。著書に『鷗外のベルリン』『軍服を脱いだ鷗外』など。一九六七年生。

書籍

書籍名 鷗外、舞踏会へ行く
ISBN13 9784469222920
ISBN10 4469222925