2026/04/24号 8面

解放文学の軌跡

宮本正人×黒川みどり『解放文学の軌跡』(田畑書店)刊行を機に
宮本正人×黒川みどり <真の部落解放とは、人間解放とは何か> 『解放文学の軌跡』(田畑書店)刊行を機に  宮本正人氏の『解放文学の軌跡』(田畑書店)が上梓された。「本書は体系的な初めての解放文学論(黒川みどり)」となる。本書の刊行を機に、宮本氏と歴史学研究者の黒川みどり氏に対談をお願いした。(編集部)  黒川 力作に大変感動しました。文学をディシプリンにした威力です。部落問題をテーマにした近代文学の重要作品を網羅的に取り上げた、近代解放文学論の先駆的研究が世に問われたと、大きな感慨をもって受け止めています。  今回改めて本書の元になった雑誌「革」には、部落問題を根底から問おうとする、先鋭な問題意識で書かれた優れた論考が並んでいることを再認識しました。宮本論文は、この「革」に連載され、研究の一角を長らく担ってきたわけですが、宮本さんが問われているのはまさに、「真の部落解放とは何か」ということだと思います。さらにそれを敷衍すると、「人間解放とは何か」ということに行き着きます。本書は宮本さんが全主体をかけて書かれた秀作だと思います。  宮本 この本は僕にとって、部落解放運動の一環です。自分の人生の目標に部落解放運動を置いたのには、原体験があります。もう五〇年前になるけれど、大学時代の恋愛をめぐって相手の家から身元調査をされたんですよ。それは明確な部落差別だった。その時はものすごく腹が立ったけど、よく考えたら自分も彼女に対して女性差別をしていたと気づきました。被害者の立場に逃げ込んでいれば、ある意味で楽だけど、それは偽りだと思いました。結局自分のことばかり考えていたと思う。五〇年経っても、自分が部落差別を受けたこと以上に、相手への贖罪意識で胸が痛むんです。  不条理だよね。それはなくさなければいけないと思ったのが一つです。  もう一つは、自分をしっかりした人間にしなければいけないということです。これが解放運動に入った一番の動機でした。部落解放同盟で出会った大阪住吉の大川恵美子さん、まさしく「しゃべくりの運動」をしていた人です。彼女に運動はいろいろなやり方があると教わりました。  大川恵美子さんに言われたのは、解放運動とは自分を問う運動だと。部落差別の問題は、自己解放であり自己変革の問題であり、文学作品に対してもそういう目で見ています。  部落に生まれた人間だけでなく、いわゆるマジョリティの人にとっても、差別の問題を見つめることは自分の感性を磨くことに通じ、それが自分の生き方を豊かにする。無関心は損をすると思っています。  本書で「部落問題」ではなく、あえて「部落差別問題」と言ったのは、問題は「部落の問題」「部落に問題」ではなく、無関心な人も含めて、さまざまな形で部落差別にまきこまれた人の解放の問題だからです。この考えは「人の世に熱あれ、人間に光あれ」と叫んだ水平社創立宣言の精神を継承発展したものです。  黒川 本書の執筆動機は、Ⅲ部の対談の中で語られていますが、宮本さんがそもそも書きたいのは、地元・三重県松阪の都市部落を中心とした、近現代の部落史、部落開放運動史であるということでした。それはすでに『未来へつなぐ解放運動』(二〇一三年)でも実現されていますが、今回は文学を通して、常に松阪に立ち返ることを念頭に置きながらなされた試みなのだろうと解釈しています。  本書はスケールが大きくて、大西巨人『神聖喜劇』に始まり、自然主義文学の徳田秋声、中上健次、水平社創立宣言の思想ではセゼールやサルトルまで、島崎藤村『破戒』、野間宏『青年の環』、「狭山事件」と竹内泰宏『人間の土地』……と論が続いていきます。この対象を選ぶに際して、重視されたことが二つあるのではないかと感じました。  一つは、大西巨人論と自然主義文学論に如実に表れていますが、被差別部落あるいは部落差別とどのように向き合っているのか。きれいごとではなくリアリズムに徹して捉える。そしてそこから差別をどう克服していくのかを、徹底的に追究している。その軸にあるのは「主体形成」です。  二つ目は、被差別部落を「植民地化された地域」と捉えていることです。そこからの解放を、第三世界の思想や運動と繫げていく視点が貫かれていました。同和対策事業の問直しを意図しているともありましたが、被差別部落における「開発」とはまさに、資本の側からの植民地支配を受けることに重ねられています。  宮本 中上には実はあまり関心がなかったんです。近過ぎてわかり過ぎるので。中上は高校を卒業したら部落を出て都会へ行った、いわば根無し草です。そして知識を得て、改めて部落について考えている。それは僕も一緒です。  黒川 中上を読んでいると、いつも宮本さんのことが浮かぶんですよ。  宮本 部落を国内植民地だと捉えるのも同じだし、黒人差別撤廃で謳われた「Black is Beau―tiful」をもじって、「部落イズビューティフル」と中上は言っていますが、僕も知らずに同じことを言っていました。  彼は僕に言わせれば運動家です。小説も、彼が設立した熊野大学も、一貫して解放運動がその芯に座っている。  黒川 中上はなぜ、「路地」文学から「天皇制」へ向かったのかというのは、重要な問題だと思います。  宮本 中上は水平社と同じく血統主義だから、天皇制に向うのはわかりやすいですよ。「部落民は血が穢れている」と差別されるでしょう。それをどう反転するかが、一九二二年三月三日に全国水平社が創立されたときの大きな課題だったわけです。西光万吉が起草した水平社宣言では「吾々の祖先は自由、平等の渇仰者であり、実行者であつた」、その誇り高い血を我々は受け継いでいるのだと反転させた。中上も同じなんです。  水平社には「血」だけでなく「地」もあった。部落と血統、それが水平社運動の土台です。しかし一九七〇年代から、部落という土地が「開発」により壊されていくわけです。「地」がなくなり「血」だけ残ったため、根無し草になった中上は「路地」を作り上げ、「中本の一統」に傾倒して神話を作る。「高貴にして穢れた血」と反転するわけだけど、血統主義は天皇制に絡めとられる危うさがある。  黒川 私は、天皇制を戴く社会は平等な世界ではないと思っています。天皇制を制度としてだけでなく精神構造も含めて打破しないことには、人間解放はないと考えています。だからどうしてそこを目指すのかやはり納得できないんですよ。  宮本 それで言うと、西光万吉も血統主義で天皇制。一九八〇年頃、僕が解放運動で知り合った三重の青年部の仲間たちの中には、冗談めかしてですが、「穢多の血は高貴や」と言う人もいましたよ。差別を反転するのに、最初は血統主義が必要なのかもしれない。 中上は四六歳で亡くなっているけれど、もう少し長く生きていたら、そこをくぐり抜けて、「真の人間」に辿り着いたかもしれない。  中上の次女への手紙には、「不正義と戦う本当の武器」それは「人間の尊厳を示すことだ」と、人として大事なことを書いています。津島佑子は中上の作品を「異様な緊張の持続の産物」「奇跡的な産物」と評価しているけれど、彼が生きていたらまた違う可能性があったのかもしれません。  宮本 大西巨人は何か肌が合うんです。『神聖喜劇』は大学のときに、刊行されてすぐに読みました。主人公が博識だから引用が多いのは頭痛いけどね。主人公の東堂太郎には、一人でも立ち向かっていく気概があるでしょう。橋本や冬木といった部落民たちも面白い。比べて、野間宏の主人公はねちっこい(笑)。  黒川 私も狭山事件と野間宏で書こうと、一時思ったのですが、『青年の環』はなかなか読み進まなかった。  宮本 僕も何度も挫折した。ただ重要な作品ですよね。  「日本の近代文学は、部落差別の問題をほとんど問うことなくして、すすんできた。しかし部落差別の問題を追及せずして、日本と日本人を、その深部から捉えることは不可能である」という野間さんの言葉を引用しましたが、これには思い出があるんです。『太陽もおれたちのものではないのか』という一九八〇年刊行の部落解放詩集の跋文ですが、日野範之さんのところに届いたのを見せてもらった。手書きの震えた文字でね。  当時、僕は部落解放運動を自分の生涯の核にすえようと思い、松阪から解放運動が最も盛んな大阪に出て、部落解放研究所の図書資料室のアルバイトに就いたんです。そこには大阪の一流大学の解放研出身の人たちがいたのですが、部落出身でない人がほとんどだった。彼らは「係わってあげている」というような感じだったね。要するに、部落問題が自己解放の問題になっていなかった。孤立感を強めていたときに、野間さんのこの文章を読んでものすごく感動したんです。  野間さんは狭山事件に深く関わっていきますが、黒川さんも狭山事件の石川一雄さんに聞き取りをしているでしょう。  黒川 『被差別部落に生まれて 石川一雄が語る狭山事件』(岩波書店、二〇二三年)という本になっています。  宮本 石川さんは部落民ということをどう思っていたのかな。  黒川 獄中で文字を習得するまでは、これまで受けてきたことが部落差別故だということがわからなかったとおっしゃっていますが、文字を学びそのことがわかってからは、折から高まってきた部落解放同盟の支援運動にも支えられながら部落差別への怒りを表明されます。ただしそれ以上に突っ込んだ話はあまり聞けていないですね。  一方で、被差別部落に生まれ冤罪を着せられたことも、そうした運動や支援者との出会いがあり、悪いことばかりではなかったともおっしゃっています。過去をふり返りたくないという気持ちの一環かとも思いますが。  宮本 狭山事件の本質は、権力による部落差別を利用した冤罪事件、分断化政策の遂行です。狭山事件の起こった一九六三年は、高度経済成長の真っ只中で、東京オリンピックを翌年に控え各地の共同体が壊れていく時期にあたります。その中で狭山で殺人事件が起こり、権力側に目をつけられたのが部落民だった。『神聖喜劇』では軍隊内の「剣鞘すり替え事件」で「部落民は犯罪者ないし犯罪性保有者」だという予断と偏見からの冤罪事件が描かれています。袴田事件しかり、現在なら在日外国人差別があてはめられるかもしれません。少数の権力者がマイノリティを叩き、人々を分断し支配する、その構造はどの差別にも共通します。狭山事件は普遍的な問題で、その支配構造は今も生きている。そうした権力の在り方が、なぜ通用し続けるのか。  黒川 マジョリティの無関心ですよね。  宮本 それが差別構造を支えてしまっているわけだよね。ではなぜ無関心になるのか。それを象徴するのが、黒川さんが巻き込まれている久留米事件の「隠蔽」の問題です。狭山事件の本質と、久留米市教育委員会問題は通じています。  黒川 一昨年の夏、久留米市教育委員会主宰のの人権・同和教育夏期講座の講師に呼ばれました。受講者は市内全教職員と多く、午前と午後の二回に分けて同じ講義をすることになっていましたが、受講者の手元においてもらうよう、事前にデータ配信した資料の印刷・持参が私には内緒で禁じられていたのです。そのような背信行為が行われた以上、午後の講義はできないと伝え会場を去りました。  その後の面談で、私の作成した資料が受講者の置き忘れ等により「ひとり歩き」し、差別事件のきっかけを作ることへの危惧があったと聞きました。  具体的には、戦後の運動史の中で狭山事件に僅かに二か所言及したこと、当時の差別のありようを説明するのに、島崎藤村『破戒』から「穢多らしい特徴」「新平民」が入る部分を引用したこと、水平運動史には必ず出てくるものも含めて市町村名の記載、の三点でした。  かつて授業で狭山事件を扱ったことが市議会で問題になり、同じことが起こるのを市教委は恐れたようです。市議会の批判を恐れて取り扱わないようにするのでは、政治権力に左右された判断と言えます。  宮本 部落差別の現実を隠蔽する「寝た子を起こすな」論です。「穢多」や「特殊部落」という「賤称」を受け止めて、それを誇りに転換したのが解放運動の基本です。隠蔽されたら、なぜ水平社が結成されなければならなかったのか、また水平社創立宣言で部落民であることの「誇り」がなぜ強調されたのか、という部落解放運動にとって最も重要なことが消し去られてしまう。  黒川 もう一つ重要なのは〝知らないこと〟の怖さですよね。市教委は賤称語と地名の問題に拘っていましたが、「穢多」という言葉を使わずに近世の身分制度は説明できません。水平社宣言にも出てくることも担当者は私に言われるまで念頭になかったようです。また地名と言いますが、私が使ったのは部落名ではなく市町村名です。市教委が言うように「賤称語」による差別のリスクが無ではないとして、それに脅えて部落差別問題の説明を避けてしまうより、一人でも多くの人に部落差別を理解してもらうことが必要ではないかと私は思うのですが。  宮本 隠蔽という選択が、無知、無関心を拡大し、差別構造を存続させることに繫がりますよね。  差別には「粗野の差別」と「上品な差別」があると、歴史学者のTakashi Fujitaniが言っていますが、無関心は後者ですね。それによって中上の言う「構造的な差別」が生き続ける。「粗野な差別」「上品な差別」に「構造的な差別」が絡み合っているわけで、これを解きほぐすこと、現在の闘いはそこからだと思います。部落差別だけでなく、女性差別も根は同じ。その構造の中で、常にマイノリティが不利益を被るんです。  黒川 今、地名の暴露をはじめ「粗野なレイシズム」も横行しており、それを理由に、そこに保身と組織を守ることが結びついて、部落問題を極力語らないように、あるいは「無難に」すませようという空気が広がっており、まさに「上品なレイシズム」そのものだと思います。  黒川 大西巨人論は素晴らしかった。  宮本 『神聖喜劇』は解放文学の最も大事な要素が凝縮され、見事に結実した、頂の作品だと思っています。同時代的に様々な批評が出ており、解釈の仕方はいろいろあるけれど、その土台に大西の部落解放論がきっちり座っているところから考えるべきです。大西も野間も原体験に部落があるでしょう。文学者で野間と大西ほど、部落解放運動の現場に深く関わった人はいないと思う。日本の革命運動の中で、部落解放運動の持つ意味の重要性を見すえていたのが、野間と大西です。野間さんは一九五〇年代に解放同盟の中央委員になったから、むしろ近過ぎるぐらいだったかもしれないけど、その中心にいて運動の腐敗を糾弾したのは評価できます。  黒川 『破戒』を深く読み込んで再評価されたのも、その意味は大きいと思う。宮本さんは『破戒』は現代の問題だと言うでしょう。私も学生たちに『破戒』を読めば、現在の部落問題がわかると言ってきました。今も構図が変わっていない。  宮本 『破戒』の主題は「主体形成」です。瀬川丑松は、部落から離れ身分を隠して孤立して生きてきた青年でしょう。教師になるわけだけど、猪子蓮太郎という解放運動家を通して、部落差別と出合ったときに、丑松は差別に立ち向かい、自分の人間としての尊厳を確立しようとする。  藤村が躓いたのは、部落差別と向き合うまではよかったのだけど、それにどう立ち向かうことができるかという点だった。丑松も内面化した劣等心を、水平社宣言のように反転させられたらよかった。藤村はそこには辿り着けなかった。  黒川 私は『破戒』を高く評価していますが、評価しない人も多いですよね。  宮本 丑松は部落解放同盟では、部落差別問題から逃げた人の代名詞のように言われています。でも丑松の身になったら、部落を離れて身分を隠して、それでも猪子が差別される場で抵抗するじゃない。西光には帰る部落があって仲間がいたけれど、丑松には誰もいないのに。  黒川 丑松が土下座して謝罪しなければならないような状況が、当時確かにあったんですよね。当時の資料を見ると教師をしていても、部落民だと知られたことで、自死もあれば、植民地だった台湾に渡った人もいました。藤村が現実を簡単に反転させず、リアルに描いたことにも意味があるのではないかと。  宮本 僕は土下座と謝罪については違う解釈をしています。丑松は教師として帝国日本の臣民を育てる役割を担っていたのに、途中で頓挫してしまったそのことを詫びたのだと。藤村の生きた時代には、まだ解放運動は登場していないから、時代的な限界はあったと思います。でも差別への怯えや絶望や恐怖をあれだけ描き出したのは、すごいことです。  黒川 藤村にも差別的な表現は見られるけれど、あそこまで丑松に気持ちを寄せて、差別というものの実態を突き詰めた意味は、捉え返す必要がありますね。  ご著書の自然主義文学論では、徳田秋声を丁寧に論じたでしょう。それも興味深かった。自然主義文学は差別をリアリズムで描いた。そこから出発して、その克服を考えなければ、真の人間解放には辿り着かないわけですね。宮本さんの大事にする「主体形成」も、差別をリアルに捉えるところからしか始まらないのでは、と思うんです。  歴史学は差別意識を十分に捉えてはこなかった。部落史研究は解放運動史、次いで融和運動史と進められていきました。手前味噌ですが、近代部落史の中で差別意識をリアルに書いたのは、私が最初ではないかと思います。それには批判もありました。研究者も運動も、そして行政も、差別をリアルに描くことを忌避する姿勢が見られるように思います。でもそこを見すえなければ、部落差別が何なのか、それを反転して解放とは何か、そこには行き着かない。  宮本 黒川さんがしているのは、もはや研究者の枠内の闘いではないと思うのだけど、その拠るところは何ですか。  黒川 そんなりっぱなものではありませんが、一言で言えば、不条理を許さないという気持ちがあります。そこを捨てたら研究者としても人間としても負けだと思っている。宮本さんは知り合ってから四〇年経つけれど、ずっと不条理と闘ってこられたし、そういう人が目の前にいた影響は大きいと思います。  宮本 言わせてしまった感じね(笑)。  黒川 丸山眞男と竹内好(山田智さんとの共著)について近年評伝を書きましたが、彼らも闘っているんですよ。それも一人で闘う。宮本さんも言っているけれど、「千万人と雖も吾往かん」です。そのような闘う人たちの末端に私も連ならねばならないという思いはありますね。そうは言っても、妥協してしまうところもあるかもしれないけれど。  宮本 人間だから揺れることもあるけれど、志はもっていたいですね。これからも声を上げていきましょう。  黒川 そうですね、こんな情況だからこそ、とりわけ部落問題が無化されようとしている情況にあるからこそ、声を上げていきましょう。(おわり)  ★みやもと・まさひと=高知大学卒業後、部落解放運動に参加し、二〇〇三年人権NPOセンター・ゆめネットみえを立ち上げる。著書に『未来へつなぐ解放運動』など。一九五三年生。  ★くろかわ・みどり=静岡大学教授・日本近現代史。著書に『描かれた被差別部落』『創られた「人種」 部落差別と人種主義』『評伝竹内好 その思想と生涯』(共著)など。

書籍

書籍名 解放文学の軌跡
ISBN13 9784803804836
ISBN10 4803804834