2026/09/04号 5面

《フリー・ジャズ》研究

《フリー・ジャズ》研究 大谷 能生著 小沼 純一  ここでいう「フリー・ジャズ」は一般名詞ではなく、オーネット・コールマンがダブル・カルテットで演奏・録音したアルバム『フリー・ジャズ』(一九六一)をさす。  PCのソフト(DAW―Digital Audio Sta―tion)を用いながら採譜し、(各)パート(のうごき)を視覚化する。  これは、あらかじめ五線譜に書いてあるものを演奏によって現実の音・音楽にする作業とは異なったもの。いわゆる耳コピでできることにも近いが、より精緻だ。採譜がページにあるだけではない。近年の音楽書としてふつうになりつつあるQRコードもわずかながらはいっていて、そこから楽譜にとぶこともできる(当然、音源もPCやスマートフォンで聴くことができる)。音楽書は、こうして、紙の本のかたちをとりながら、べつのところへの通路を持つようになってきた。採譜についてだが、こうした方法が研究に適用される例は、一般書ではまだあまりないかもしれない。すくなからぬ譜面は、楽譜アレルギーをおこさせるかもしれないし、演奏の採譜という「書き記しにくい」もの、定量記譜からこぼれおちる多量の情報(一音一音の強弱・減衰、音色、フレージング、などなど)を読むというシンドさもありはする。聴いたことがなければまずわからない。さらに著者はコトバで音のうごきやモードやコードのロジックを、音楽用語を駆使して語る。  ここまでは前置きだ。こんなことはわざわざ書く必要はないかもしれない。そのうえで、でもこれは、通過儀礼なのだ、と強調しなくてはならない。あくまで、演奏・録音された音楽を解析するための手段でしかない。そこに本書の意味がある。そういう手筈をととのえてこそ、録音された音源へのアプローチが可能になったのだ、と。  ひとつの楽曲・演奏に焦点をあてながら、著者は、オーネット・コールマンという人物の背景・成りたちを確認し、『フリー・ジャズ』というアルバムの音楽が生みだされた時代をみる。俯瞰もするが、ところどころはぐっと絞って、あたかも脱線しているごとく、(とくにマイルスとコルトレーンを)こまかく検討する。これらは読み手にとって、オーネットをみるための補助線となるだろう。  全体は四つの部分に分かれるが、「#1 少年時代」「#2 デビュー」「#31960年12月21日」から、本書の半分ちかくを占める終章、「#4 作曲家オーネット」へと収斂する。え?「作曲家」=「オーネット」?  著者じしんの過去の著作とのオーヴァーラップは少なからずあり、そうしたところからも、二〇世紀半ばにおける(とりあえずアメリカ合衆国で生みだされたジャズ、と呼んでおく)音楽と(これまた複数の)西洋音楽、「モダン」と称される音楽が本書の射程にはある。ところどころ疑問符を書きつけたくなることも、評者にかぎらず、いくらかはあるはずだが、それはいい。重箱のすみをつつくのは著者に顔をあわせたときに。  さきに終章の「作曲家オーネット」に疑問符をつけたのは、これが最終的には、オーネット・コールマンの「ハーモロディック」理論とは何なのかを、著者なりに解き明かしていることをあらわす。そしてその成果は、もしかすると将来乗り越えられるかもしれないにしても、大谷能生のこのしごとがあってこそ、だろう。著者のこれまで著してきた著作のなかでもっとも価値がある。ある、と断定したい。  本書の特徴は、上に記したことにとどまらぬ。著者がサックス奏者であることと無関係ではないだろうが、演奏の現場で発されるだろうコトバが、扱われる音楽にときに適用される。その文体。それはヒトが生活する日常ではしばしばつかわれはするものの、文章となるとどこかわずかなりとも整えてしまう、そんな口調がはいってくる。ツンのめる、セーのドン、ワヤクチャ、ガチャつき、ゆがみ、モタり、つっこみ、というような。あわせて、口実のように挿入される「です」「ですよ」「伝えられませんね」などの丁寧語口調。語りは読み手を意識し、ときに語りのほうへと呼びこむ。『フリー・ジャズ』の場に、読み手を参加させようとする。読み手を傍観者ではいられなくする。ほかでもない、『フリー・ジャズ』の演奏・録音の場をすこしでも体感するため。本がさきにいくほど、PC云々への言及はなくなるが、偶然ではない。大谷能生の著書の弱点は、終わりにかけての、ツメのあまさだったりするのだが、本書では回避されている、回避されているかにみえる。それは、『フリー・ジャズ』のありようを擬態している、パフォームしているから、と記すには褒めすぎ、あるいは、穿ちすぎ、買い被り、かもしれないけれど。(こぬま・じゅんいち=早稲田大学文学学術院教授・音楽・文化批評)  ★おおたに・よしお=音楽と批評の活動。サックス/CDJ/PCなどを組み合わせた演奏で多くのバンドやセッション、録音に参加。著書に『歌というフィクション』『〈ツイッター〉にとって美とはなにか』『音と言葉のデジタリティ』など。一九七二年生。

書籍

書籍名 《フリー・ジャズ》研究
ISBN13 9784760156665
ISBN10 4760156666