2026/03/06号 6面

置き配的

置き配的 福尾 匠著 渡邉 大輔  私はいまこの原稿をカフェで書いている。パソコン画面から顔を上げると、ウーバーの配達員が、ちょうど店員から商品の入った紙袋を受け取るところだ。ここ数年ですっかり日常となった風景である。一方で、私が飲んでいるホットラテは、スマートフォンで読み込んだテーブルの上のQRコードを通じて手元に届いている。そして、そのスマホを手に取りSNSを覗いてみると、タイムラインでは相変わらず意見の異なる者同士が互いの投稿をスクショし合いながら、激しい言葉の応酬を繰り広げている……。  本書は、以上のような風景がすっかり私たちの日常と化したコロナ禍以降の状況を論じ、文芸誌『群像』での連載中から反響を呼んだユニークで鋭利な社会批評である。全編にわたり批評的な喚起力に満ちた実に豊かな比喩や概念が登場するが、本書の主張の眼目は、書名にも掲げられた「置き配的」という、一見奇矯なキーワードに集約される。  近年、よく耳にするようになった置き配とは、従来、直に受取人に手渡していた荷物を、玄関や宅配ボックスなどの指定された場所に置くことで届ける新形態のサービスを指す。この形態の「非対面」という特性からも察しがつく通り、著者は「置き配とコロナ禍という、二〇二〇年代のわれわれの社会のかたちを象徴するふたつのもの」の共通性(交差)に着目する。「コロナ禍以降、社会は置き配的なものとなった」のだ。まず、この着眼点に唸らされる。冒頭に素描したいかにも現代的な風景のあれこれもまた、この置き配的なものを如実に象徴しているわけだ。  置き配的なものとは、より嚙み砕いて言えば、人々のコミュニケーションのあり方の変化に関わっている。置き配では多くの場合、配達員は業務が完了すると、地面に置いた荷物を写真に撮ってシステムに登録する。すると、その写真が添付された配達通知が利用者に届く仕組みになっている。すなわち、第一にそれは、「労働者と消費者はほとんど区別がつかず、プラットフォームのユーザーとして一元化される」世界であり、また第二に、「物そのもの」(メッセージ)の受け渡し(やりとり)よりも、「メタデータ」の共有が優先される事態を意味する。例えばX上の論争も、公共的な言論というよりは、もはや相手の言葉尻や言質を簒奪し、ただ互いの「界隈」にとって都合のいいラベリングを貼り合って固定化する行為に変貌している点で確かに「置き配的」だ。著者はそれを、「あらゆる制作物が「コンテンツ」となり、あらゆる発言が「ポジショントーク」として消費される空間」とも言い換える。  そのような、すべてが「置き配化」する世界の内実を多方面から腑分けしながら、そのような論理に回収されない、ありうべきコミュニケーションの可能性を考え、なおかつ実践すること。それが本書の企てである。  二〇代半ばの若さで発表したドゥルーズ研究のデビュー著作以来、気鋭の哲学者としても注目を浴びる著者は、フランスの哲学者フーコーのよく知られた議論を参照して、その問題を現代における「言葉と物」(本書の連載時のタイトルでもある)の関係として鮮やかに読み替える。したがって、置き配的な状況についての問いはそのまま、何かを書くことや作ること、すなわち、「批評」や「創作」の意味をもう一度立ち上げ直す作業ともなる。一部では批評ブームなどと言われながら、実態は誰も彼も雪崩を打ってポジショントーク化する昨今の言説状況に楔を打ち込むかのように、著者はコロナ禍で始めたという「日記」の延長(「拡張された日記帳」)として本書を記すことで、それを実践的かつ洒脱に示すのだ。  批評/思想史的な文脈に照らせば、本書の枠組みは、右の書名からも窺われるように、「日本の思想界・批評界を見渡しても比較できるものが見当たらないくらい耐用年数の長い理論的戦略」だと著者もいう東浩紀のデリダ論『存在論的、郵便的』の議論を前提とし、その批判的な更新も目論んでいる。その点で本書は、実は現代日本の批評/思想史の重要な問いを引き継ぐものである。と同時に、あてがいぶちの「理論」や「メタデータ」に依らず、この時代にいかにして「言葉」や「作品」そのものの持つ力を起動させるかを真摯に模索する点において、本書はこの批評家のこれまでの仕事とも通底している。  著者は、本書の各回のテクストを、ハンマー投げのその都度の投擲になぞらえる(これもまた魅力的な比喩だ)。驚くべき飛距離で未踏のフィールドに向かって投げられた思索の放物線の数々を見る読者は、置き配の配達員からは限りなく遠い形で「物」を手繰る著者の身振りに存分に魅了されるはずだ。(わたなべ・だいすけ=映画史研究者・批評家/跡見学園女子大学文学部准教授・日本映画史・映像文化論・メディア論)  ★ふくお・たくみ=哲学者・批評家。著書に『非美学 ジル・ドゥルーズの言葉と物』『ひとごと クリティカル・エッセイズ』『眼がスクリーンになるとき ゼロから読むドゥルーズ『シネマ』』など。一九九二年生。

書籍

書籍名 置き配的
ISBN13 9784065401378
ISBN10 4065401372