政治哲学講義
松元 雅和著
松元 雅和
一五年ほど前、マイケル・サンデルの白熱教室が一世を風靡して以来、政治哲学という、従来はかなりマイナーだった学問分野にスポットが当たっており、一研究者としてはありがたい。もちろん彼の魅力的な講義が多くの人の理解を高めたと思うのだが、一方でやや表層的なままに留まっているトピックもある。そのひとつが、今や人口に膾炙したトロッコ――専門家は原語通りトロリーと呼ぶことが多い――問題である。
世間では様々な理解が広まっているが、まず第一に、トロッコ問題はサンデルが考案したものではない。本書で紹介したとおり、人工妊娠中絶の是非として哲学者フィリッパ・フットが提起し、その後ジュディス・トムソンが発展させた、その道ではよく知られている思考実験である。実はそのフットが発案者というわけでもなく、二〇世紀前半のドイツの法哲学者ハンス・ヴェルツェルの議論に遡ることさえできる。
それでは、サンデルはなぜこの思考実験を政治哲学の論点として提示したのか。それは、「五人を轢くかそれとも一人を轢くか」という、見ようによってはあまりにも人工的な問題設定が、政治の世界でも応用できると考えたからだろう。残念ながら、彼がこの問いを講義中で突き詰めることはなかった。彼の主な関心は、こうした八方塞がりのシビアな状況よりも、「正しい」社会とは何かを問うことに向けられていたからである。
翻って、現実の政治の世界を見てみよう。政治の現実は、人々を満足させると同時に、不満を生む源にもなっている。ある政治家が当選した。一部の有権者は喝采し、別の有権者は落胆する。ある政策を実施した。一部の有権者は絶賛し、別の有権者は酷評する。インターネットやSNSを通じて世論がすぐに可視化される昨今、こうした分極化の現象は誰にとっても身近であるだろう。
そう、政治の世界はしばしば八方塞がりなのである。誰であっても、何をしても、百パーセントの正解は望めない。もちろん、政治に限らず人生でも、そうした状況に陥る場合はある。しかし政治的判断は、それが一部の人間を犠牲にする権力や強制力を伴う点で、不満を生む可能性がより高いだろう。喩えるとそれは、食後にコーヒーか紅茶かを選ぶ場面よりも、子どもとの約束か職場の急な用事かを選ぶ場面に近い。
にもかかわらず私たちは、選択を放棄するわけにいかない。筆者はこれを、丸山眞男に倣って「悪さ加減の選択」と呼んだ。本書では、こうしたギリギリの政治的判断を、それでもどう下したらよいかについて、トロッコ問題のような思考実験に加えて、メルヴィル、ディケンズ、サルトル、カミュといった作家の文学作品なども用いながら論じている。
以上の意味で、従来の政治哲学の概説書に対して、本書は内容上も構成上もかなり異色である。例えば、同じ出版社の『正義とは何か 現代政治哲学の6つの視点』(神島裕子著)と併せて読むことで、政治哲学という学問分野の立体的な奥行きを感じて頂けるかもしれない。(まつもと・まさかず=日本大学教授・政治哲学)(二六四頁・九九〇円・中央公論新社)
書籍
| 書籍名 | 政治哲学講義 |
| ISBN13 | 9784121028501 |
| ISBN10 | 4121028503 |
