American picture book review 105
堂本かおる
週末の朝。両親は兄のサッカーの試合を見に、幼い弟を抱っこしてバタバタと忙しなく出掛けていった。キッチンに残されたのは、おじいちゃんと、小学生くらいの女の子。二人はゆっくりと朝食を済ませると、まだ朝の気配が十分に残る歩道に出た。二人は街路樹でさえずる黄色い小鳥たちを見上げ、ばったり行き合ったご近所さんの、生まれたばかりの赤ちゃんと初対面する。近くの公園にはヒマワリが植えられていて、造り付けのテーブルでチェスをする人たちがいる。路面には子供がチョークで描いたレインボー。空を見上げると、電線にいくつものスニーカーが引っ掛けられ、ぶら下がっている。ニューヨークの住宅地の風景だ。
賑やかな駅前に出るとフルーツの露店が出ていた。おじいちゃんはプラスチックのカップに入れられた新鮮なマンゴーにライムジュースとチリを振りかけたデザートを買ってくれた。このあたりでは地下鉄は地下ではなく高架を走る。その高架沿いにあるコーヒーショップは歩道にテーブルを出していて、おじいちゃんはそこでチャイをオーダーした。お店の人や行き交う通行人にはヒジャブの人もいれば、ターバン姿の男性もいる。3人のアーティストがレンガ壁に壁画を描いている。西洋のおとぎ話に出てくるドラゴンと、アジアのシンボルである鱗のある龍がともに空を駆けていく絵だ。別の公園に行くと、若いミュージシャンがチップを集めるためのギターケースを前に弾き語りをしていた。公園を出るとおじいちゃんと女の子は手を繫いで道を渡り、高架駅の階段を上った。1日はまだ長い。二人にはまだどこか、行くところがあるのだ。"& together, we go slow."(そして一緒に、私たちはゆっくりと行く。)
今、世界中であらゆることが起こっている。大人たちは多忙な日々の合間にニュースをチェックしては、事象の成り行きを語り合い、憂える。「これから先、社会はどうなるんだろう。」子供たちはニュースの内容を逐一は理解せずとも、大人の声に滲む不安や苛立ちを感じ取る。私たち大人は、自分の不安を子供たちにも拡散してしまってはいないだろうか。そもそも大人自身が疲弊しているのではないだろうか。
本作『We Go Slow』(私たちは、ゆっくりと行く)では、おじいちゃんが女の子と「ゆっくり」とした1日を過ごす。こんなおじいちゃんがいる家庭は幸いだが、今の時代、親子だけの家庭のほうがはるかに多い。だからこそ親は意識して「ゆっくり」できる一日を確保し、親自身がスマホから遠ざかり、子供の手を繫ぎ、子供と会話し、子供と何かをともに体験する時間を作るべきなのだろう。子供のためではあるが、親自身のためにも。(どうもと・かおる=NY在住ライター)
