JOHN & YOKO/PLASTIC ONO BAND【日本版】
オノ・ヨーコ監修
佐藤 良明
重さ二キロほどの大型本は、中のページも主にモノクロ。ときどき夢色のガラスを透かして見たかのようなカラー写真が現れる。直筆の手紙、メモ、イラスト、ポスター、想い出の品々から動画のコマ割りに至るまで総頁数三〇〇に近いページをめくる経験は、ミュージアムの企画展のようでもある。だがこれは本で、しかも読ませられる本である。
ディモシー・シャラメがディランを演じた『名もなき者』(二〇二四)は、フォークソングの新生がエレキギターを手にして、新時代の創造を始める瞬間を切り取って見せた。対して本書は、ジョン・レノンがビートルズを抜けて、思考の芸術家ヨーコとふたり、私的な音楽とパフォーマンスに乗り出す時期を切り取る。ホテルのベッドで「平和を我等に」を歌ったイヴェント(六九年八月)から、日本へのおしのびの里帰り(七一年一月)まで一年半ほど。自己の深みと向かい合った稀有の名盤『ジョンの魂』(原題John Lennon/Plastic Ono Band)にフォーカスした作りだ。「イマジン」はまだ存在せず、生まれていないショーンの代わりに、ヨーコの娘キョーコと遊ぶジョンの写真が入っている。
『ジョンの魂』と対称をなして、『Yoko Ono /Plastic Ono Band』というアルバムも出た(邦題『ヨーコの心』)。本書のタイトルが、「ジョン&ヨーコ/プラスチック・オノ・バンド」であるのも、対等であることにこだわった二人を正しく表象する意図からだろう。ただ読み物として、二八歳から二九歳という創作力全開の時期に書かれたジョンのソロ曲──「平和を我等に」「コールド・ターキー」「インスタント・カーマ」──と、『ジョンの魂』の十一曲にまつわる話が、関心の焦点になるのは当然だ。市販されるレコードとしてはあまりに赤裸々な感情を吐き出すそれらの歌詞の新訳とともに、ジョンと、ヨーコと、周囲の数人が語った言葉がさまざまな媒体から拾われている。
「マザー」に続くページは、父に去られ、母を事故で奪われたジョンの幼少時の回想。痛々しい話を、四人の伯母やいとこたちと一緒に映った、やんちゃそうな子供時代の写真が癒やしてくれる。対照的に、「思い出すんだ」の後は、上流家庭の令嬢として、開戦前の日米を行き来して育ったヨーコの回想。四八枚の幸せそうなスナップショットが並んだ次に、焼け野原となった東京のショッキングな航空写真をもってくる配列の妙も本書の美学の一部だ。「労働者階級の英雄」のところには、ポールの実家の、見た目に汚い台所で紅茶をいれる二二歳のジョンの写真が胸に響く。
ビートルズが巻き起こした旋風は、歴史の変わり目に上流と下流の空気が衝突して吹き荒れた文化混淆の嵐だったといえる。天才的なインスピレーションをもった下流の青年が一躍キングになって、子供のように言いたいままを言い放つ。その純真な声が、シンプルさを究めようとする年長女性の芸術と合体した。一九七〇年だからこそ起こりえた愛と仕事の合体の意義は、まだ十分に汲み尽くされていないとしても、巧妙な編集によって意味が濃くなった本書を味わうことで、ジョンとヨーコの魂がたしかに手に届くように感じられる。とりわけ「ゴッド」の歌詞をめぐるジョンの発言は、多くの人に刺さるだろう。ジョンを信じて人生を踏み誤った半世紀前のファンが読んでも感じるものがあるだろうし、まだ人生を踏み誤れるほど生きていない若者が読んでも鼓舞されるだろう。
アルバム『ジョンの魂』は、ジョンの原初の感情をもったボーカルを、リンゴ・スターのドラムスと、クラウス・フォアマンのベース、(「ゴッド」では)ビリー・プレストンのゴスペル風ピアノが支える作品だ。異様なテンションの音楽づくりに参加した三人が、レコーディングを回想した談話がまたいい。締めに登場した『ローリング・ストーン』誌のヤン・S・ウェナー編集長が、ジョンという人間をまとめた文章もさすがである。(丸山京子訳、藤本国彦解説)(さとう・よしあき=東京大学名誉教授・米文学・ポピュラー音楽)
★オノ・ヨーコ=前衛芸術家、音楽家、平和運動活動家。一九三三年生。
書籍
書籍名 | JOHN&YOKO/PLASTICONOBAND【日本版】 |
ISBN13 | 9784909852519 |