2025/12/05号 4面

グローバルサウス入門

グローバルサウス入門 西谷 修・工藤 律子・矢野 修一・ 所 康弘著 磯野 生茂  「グローバルサウス入門」というタイトルから、読者が抱く問いは何だろうか。グローバルサウスとは何か、なぜ今注目を集めているのか、そしてそれは「儲かる」のか、あたりか。評者としてはさらに、「発展途上国や第三世界を言い換えただけのバズワードではないか」「結局、北目線の用語ではないか」という懐疑にも答えてくれるのかと関心をもって本書を手に取った。特に最後の問い――グローバルサウスという語が、北(先進国)の立場から作られ、南(途上国)がその枠組みに反応しているだけなのではないか――は、この語を扱う際に避けて通れない。  ロシアによるウクライナ侵攻以降、グローバルサウス諸国が西側にも中露にも明確に属さない「中立的立場」を取ることが増え、国際政治での存在感が注目されるようになった。国連でのロシア非難決議をめぐる賛否・棄権の分布がその象徴である。Googleトレンドを見ても、日本語圏では二〇二二年後半から「グローバルサウス」という語の検索頻度が急上昇した。インドが主導した「グローバルサウスの声サミット」(二〇二三年)は、南の国々が自らの声を届けようとした象徴的な出来事とみなされた。  本書は、このような言葉の流行の背後にある構造的変化を解き明かす試みである。国際政治経済学、世界経済論、哲学、ジャーナリズムの専門家がそれぞれの立場から論じており、多極化する世界をどう理解すべきかを多面的に描く。  第一章は、グローバルサウスという概念がウクライナ戦争後に突如現れたものではなく、二〇〇八年のリーマン・ショックを契機に始まった脱グローバル化の流れの中で形づくられたことを指摘する。欧米主導の新自由主義的秩序への不信、ポピュリズムの台頭、トランプ政権の誕生、さらには中国の「一帯一路」やロシアの「ユーラシア経済連合」など、欧米以外の地域主導的経済圏の拡大がグローバルサウスの登場を必然化した。著者は、グローバルサウスを「多極的な経済圏同士の競合と地政学的対立が交錯する場」と捉える。また、「脱グローバル化」は世界経済の断絶ではなく、「南による多極的再編と対等化」への過程であると論じる。第二章は、グローバルサウスをグローバリゼーションの周縁に置かれた人々を含む「搾取・抑圧・不平等の総体」であると説く。国家単位の議論にとどまらず、先進国内の周縁化された人々をも包摂するという視点が特徴的だ。  第三章では、「北目線の言葉ではないか」という問いに応答する。冷戦後、G7が「主要国」として世界を主導する過程で、「不安定で貧しい南」という構図が形成され、サウスは「管理」や「支援」の対象として位置づけられた。だが同時に、サウスは完全な受動態ではなく、北のアジェンダに応答しつつ、一定の自覚と協力関係を模索してきたとする。BRICSもその好例であり、もとはゴールドマン・サックスの投資家向けレポートで生まれた言葉が、やがて当事国の連携を促す現実的枠組みへと変化していった。  もっとも、南からの視点そのものは本書の前半では必ずしも強調されていない。これを補うのが第四章であり、南から北への移民を扱い、特にメキシコを舞台に中南米の人々の現実を描く。米国の移民政策と人々の生活が交錯する現場を通じて、「南」の視点が浮かび上がる点は興味深い。  本書は「グローバルサウスは儲かるのか」という問いに直接答えてはいない。しかし、本書はその問い自体が北の視点に立脚していることを自覚させる。グローバルサウスを新たな成長市場や投資対象としてのみ語るのは危険であり、むしろ矛盾の表出と秩序の再構築という長期的課題として考える必要がある。本書は、「これからはグローバルサウスの時代だ」と安易に唱える風潮に対し、一度立ち止まり、言葉の背後にある構造を考え直すための良質な導きとなる。(いその・いくも=日本貿易振興機構アジア経済研究所開発研究センター経済統合研究グループ長・都市経済・空間経済学)  ★にしたに・おさむ=哲学者・東京外国語大学名誉教授。  ★くどう・りつこ=ジャーナリスト。  ★やの・しゅういち=高崎経済大学教授・世界経済論。  ★ところ・やすひろ=明治大学教授・国際政治経済学。

書籍

書籍名 グローバルサウス入門
ISBN13 9784830952982
ISBN10 4830952989