装丁家 小林真理インタビュー
<文学と美術の融合――工芸としての装丁>
本が形になるのに欠かせない工程である「装丁」。装丁家・美術ジャーナリストの小林真理さんは、2023年まで日本図書設計家協会の会長を務め、陶芸や能などの伝統工芸・伝統芸能にも造詣が深い。小林さんに、ものづくりとしての装丁についてお話を伺った。(編集部)
――装丁家はどんな仕事をするのでしょうか。
「装丁」とは、書物を綴じて表紙・扉・カバー・外函などを付け、意匠を加えて体裁を飾り整えることで、それを行うのが装丁家です。今日では、本の表紙にそのイメージに合った図像を描き配置する、装画も大切な仕事になります。ですが私の場合、デザインだけでなく執筆、編集まで、本づくりのまるごと全部に携わる仕事をしてきました。
戦前は、画家が装丁を行ったり、装丁家が同時に詩人であったり、別に本業を持っていたりすることがありふれていました。例えば小村雪岱や竹久夢二、岸田劉生、杉浦非水、恩地孝四郎などはその典型です。画家が糊口を凌ぐために、商業製品のデザインは有力な働き口だったのです。
――キャリアはどこから始まりましたか。
学生の頃ずっと、美術の道に進むか文学を志すか悩んでいました。言葉か絵かどちらかを選ばなければならない。しかし両方好きなので、選びきることに躊躇いを抱いていたんですね。美大に入ったあと別の大学の文学部に入り直したりして、絵も文章も独学でした。
学生時代を終えた後、出版社にデザイナーとして入社することになります。ブックデザイン(装丁)を覚えたのはそこでした。装丁は、文学と美術を融合させる仕事です。文学と美術のどちらか一方を選べなかった私にとって、非常に面白い仕事に感じられたのです。初めの会社から移った先が、コンピュータ雑誌黎明期を走ったアスキー出版という会社でした。ビル・ゲイツ氏やスティーブ・ジョブズ氏、孫正義氏らが出入りする会社で雑誌のデザインに従事し、充実した日々を送りました。
けれども、だんだん物足りなくなってきてしまったのです。それは、すごく大きなジレンマを感じていたからでした。コンピュータのことがわかっていればもっと違うアイディアを出せたのに、という悔しさです。また、表紙回りのデザインだけでなく、文章も含めた本全体を作りたいという欲求も日増しに強くなっていました。やはり、文学も美術も、両方に携わりたかったんですね。それで7年勤めた会社を辞め、自分で会社を立ち上げました。
――先ほど、文学と美術の融合と仰いました。それはどのようなことなのでしょうか。
料理研究家である故・小林カツ代さんとの共著に『愛しのチー公へ』(筑摩書房)という動物エッセイがあります。私はこの本の表紙に、墨画で描いた猫をデザインしました。あるいは『画家のブックデザイン』(誠文堂新光社)という、まさに装丁をテーマとした私の著書では、「花開く」イメージをヒントに、花を描いた自作を用いて表紙を制作しました。
これらの装画から、読者は言葉のイメージを引き出しえます。反対に、言葉はヴィジュアルを想像させる力を持っています。そうした力を内包している両者が組み合わさると、力は一層強化される。装画は、本の内容を正確に伝えることを意図しながらも、読者の想像力を膨らませもするのです。
表紙回りには、まずタイトルがありますよね。特に小説なら、これだけで一つの文学です。そこに絵が入る。ここに一つの融合があります。本のなかには文章もあれば、絵画や写真も入っている。それがトータルで一つのメディアになっているのが書籍というものです。ヴィジュアルの要素と思想的な言葉とが融合しているのが本であり、その具体化が装丁の仕事だと言えると思います。
――本来は交わらないはずの異なる感覚を、全体として一つの経験に重ね合わせるのが装丁だ、ということでしょうか。言葉がヴィジュアルを刺激して、ヴィジュアルが言葉を喚起し、お互いに侵食し合っているのが、文学と美術の融合だと。
そう表現してもいいと思います。言葉と絵が互いに触発し合う経験を、装丁はもたらしてくれます。それは電子書籍や、安価な装丁に頼った大量生産品だと失われてしまうものです。物としての実感……質、量、型、重さといったものが捨象されてしまいますから。
現在、書店に並んでいる本は、紙もあまり凝っていない並製のものが多数派を占めています。しかし、『画家のブックデザイン』に掲載されている明治・大正・昭和期の本を見ると、著名な画家が凝った造本を行い、高品質な装画・装丁を実現していたことがわかります。今はなかなかそこまでの経費が掛けられないのが難しいところです。
古い本には函付のものが多くありました。函から大きな本を出して、また仕舞って書架に加える。重い上製本を机の上に置いて広げ、栞紐をはさんで閉じる。こうした流れが一つの読書の楽しみでした。しかし、今やネット社会になって、読書の経験の意味が変わってしまっているのかもしれません。
――本の価値を最大限発揮させるのが装丁の仕事だということになると思います。本の価値や本質というのはどこにあるのでしょうか。
やはり傍らに置いて鑑賞にも耐えうることに、私は価値を置きたいですね。インクのにおいや質感、本の厚みや大きさに重要な意味があります。読書は単に情報を得るためだけのものではありません。物理的に触って、においを嗅いで、内容について読み手それぞれが解釈を膨らませる。実際に手に取って読むことに、本の大事な価値があるのではないでしょうか。
本というのは工芸品の一つだと思います。本は元来、手づくりの世界にあるものです。紙の選び方や製本の仕方などにこだわり、自然の材料を用いて手作業で行う。私が関心を抱いている陶芸や漆芸、染織などと同様です。工芸品としての本の価値をもう一度見直したいし、少しでもそれを普及させたいですね。
――改めて、装丁とは何でしょうか。
本の内容をより良く見せる、衣装だと思います。デザインの力によって本の内容の本質を伝えること、それが装丁の一番の醍醐味です。より良く演出することで初めて、その本らしさが生まれてきます。文章だけでは伝わらない本のメッセージを助けることによって、創造的な効果を発揮するのが、装丁の役割だと言えるでしょう。たとえ発行数が限られるとしても、良い本を作っていきたいと思います。 (おわり)
