2026/05/15号 4面

続・村井邦彦のLA日記

続・村井邦彦のLA日記 村井 邦彦著 北中 正和  『続・村井邦彦のLA日記』は二〇二〇年から二二年にかけて同人誌『てりとりぃ』に連載された日記に、細野晴臣や松任谷正隆との対談その他の記事を加えた本だ。  著者の村井邦彦については、あらためて紹介するまでもないだろうが、日本のポピュラー音楽を代表する作曲家/音楽プロデューサーの一人。「或る日突然」「翼をください」「虹と雪のバラード」などスタンダード化した曲は数多く、音楽出版社/レコード会社の〈アルファ〉を通じて、赤い鳥、荒井由実、ハイ・ファイ・セット、イエロー・マジック・オーケストラ、カシオペアなど数多くのアーティストを世に送り出した。現在はロサンゼルスに拠点を置いて、ジャズやクラシック的な作品も発表している。  本書の日記が書かれた二〇年から二二年にかけては、コロナが大流行した時期だ。日記にはもちろん当時の出来事が記されている。ワクチンを打ちにドジャー・スタジアムの駐車場に行った話、食料品など日々の買い物の手配、家の掃除や家庭菜園で流した汗、友人たちとのオンライン昼食会、息子ヒロのグラミー賞受賞、親しい音楽家たちの訃報……。日本ではなじみの薄い感謝祭の紹介などもある。  自宅近くまで来たロサンゼルスの山火事、トランプとバイデンの大統領交代、人種差別をきっかけに起こった暴動やブラック・ライヴズ・マターの運動など、アメリカ社会を揺るがした事件について肌身で感じたことも語られる。  しかしこの日記はいわゆる日常体験記録ではない。たとえば、コロナの蔓延状況を説明しながら、配信で観たヴィスコンティの映画『ベニスに死す』の二〇世紀初頭のコレラに思いをはせる。友人から届いた便りには、一四世紀のペスト流行下で書かれた『デカメロン』が言及されている。  外出がままならないこの時期、著者は吉田俊宏と共著の小説『モンパルナス1934』を書いていた。国際的に活躍したプロデューサーの川添浩史を中心に、第一次世界大戦と第二次世界大戦間の三〇年代にパリに集まった芸術家たちを描いた物語だ。  それと連動して、この日記も途中から流れが変わる。「鮫島三郎」と名乗る博学でグルメな妖精が現われ、著者と対話しながら話を深める。彼は根も葉もない空想の産物ではなく、時空を超えて成り立つ文化の化身でもある。小泉八雲が大叔父という設定のこのアイルランド生まれの妖精の「鮫島」姓は、『モンパルナス1934』の脇役で、坂本龍馬の甥の長男の架空の部下「鮫島一郎」にも転用されている。  東京オリンピックのテレビ中継を見た日の対話は、一九六四年の渋谷のジャズ喫茶の思い出から、東京五輪前の下水道工事で唱歌「春の小川」のモデルだった渋谷の河骨川が消えた話に変わり、世界情勢の現実とオリンピックの理想との乖離を憂い、ナチス時代のベルリン・オリンピックで作られたレニ・リーフェンシュタールの記録映画やリヒャルト・シュトラウスの「オリンピック讃歌」の話題に続いていく。  ロシアのウクライナ侵攻に関する日記では、ロシア出身の指揮者ワレリー・ゲルギエフのアメリカ公演のキャンセル、第二次世界大戦中ナチスに関わった指揮者フルトヴェングラーやカラヤンの、あるいは戦争絵画を描いた藤田嗣治の、その後の運命に話が及ぶ。  『モンパルナス1934』のための主題曲を新しく作ってリモート録音できたことや、全米桜祭り協会から委嘱されたピアノ五重奏曲「サクラ・オン・ザ・ポトマック」の上演機会が増えた記述からは、音楽が日々の緊張をほぐしてくれることへの喜びや感謝が伝わってくる。  毎日のテーマは独立して多岐にわたるが、通して読んでいくと細部が響き合っているのが感じられる。たぶん著者は普段から音楽は何のために存在しているのかと問い続けているのだろう。「音楽家がなにに対して責任を負っているかといえば、それは音楽である」という言葉の矜持が、この日記を端正な、書きすぎない、格別なものにしている。(きたなか・まさかず=音楽評論家)  ★むらい・くにひこ=作曲家・音楽プロデューサー。代表作に「翼をください」、著書に『村井邦彦のLA日記』『モンパルナス1934』『音楽を信じる』など。一九四五年生。

書籍

書籍名 続・村井邦彦のLA日記
ISBN13 9784909852656
ISBN10 4909852654