イ・リーガル・アントレプレナーシップ
高橋 勅徳著
飯田 泰之
漁船や社寺経営、そしてマッチングアプリを用いた婚活と、学術的な探索対象としては一風変わったフィールドに経営学的な知見をもって切り込む著者の最新作である。本書ではエピソードを経営学的に説明することよりも、著者のいう「ゴンゾー(gonzo:イカれた奴)経営学」「野生の経営学」の体系的解説が重視されている。
経営学者ではない私に書評が依頼があったのは、私が十三年前に『夜の経済学』(荻上チキ氏と共著、扶桑社)を出版したことがあるからだろう。私の担当パートでは風俗店や当時「ワリキリ」と呼ばれていた個人売春の価格形成に注目して調査を行った。
通常の経営学・経済学が注目するようなビッグビジネスは純粋な経済原理や経営学の法則だけでは決まらない。政治や企業間の合従連衡が成果を大きく左右する。一方で、拙著のワリキリ市場や本書でも取り上げられる路上売春は、(主流派経済学者の夢である?)完全競争市場の世界だ。そこには経済原則しか存在しない。経営学・経済学の理論的探求にとってこれほどに重要なフィールドはないだろう。
価格に注目するのが経済学者の性であるならば、制度と組織に注目するのは経営学者の性かもしれない。本書では非合法市場(イ・リーガル・マーケット)を合法性と非合法性(法的評価軸)、正統と非正統(文化的評価軸)の二軸で評価している。その評価も合法か非合法かという二分法ではなく、グラデーションをもつ存在として把握している。同じ非合法取引といっても、生産から所持・取引まですべてが違法(例:麻薬)の市場と流通・販売方法のみが違法となる密造酒、管理や集客の方法によって合法・非合法がわかれる売春を同じ存在とはとらえられないだろう。
このようなグラデーションを意識してそのビジネスを観察することは、無数の小生産者と無数の需要下で構成される理念上の完全競争市場(または純粋資本主義)と制度と法、さらには組織によって規定される現実のビジネスをつなぐ架け橋となる。これは現代の経営・経済を構成する要素を抽出するうえでも重要な探求になりえるだろう。
とりあげられる事例は違法ダウンロード市場、安すぎるウナギからパチンコ・路上売春と多岐にわたるが、注目点は一貫している。各市場の合法・非合法の度合いやタイプが取引と組織形態にどのように影響を与えているかを解明することに重点が置かれている。
また、もうひとつの特徴が非合法取引が合法な市場を前提とすることを明らかにしている点である。どこかで合法な市場とつながっていないと非合法な活動は維持できない。これは欲望のぶつかり合いとしての取引と制度化された市場の違いを知るうえで興味深い。そして、時として、非合法取引が合法化されていくこともある(例:電動キックボード・医療用大麻)。ここに「イ・リーガル・アントレプレナーシップ」の面白さ、さらには現代経済にとっての必要性が示されている。
その是非はさておき、資本主義の原動力は欲望にある。その欲望は合法的なものとは限らない。だからこそ、その一部に非合法または反倫理的な側面をもつ市場での経済活動は、制度化された市場では発見できない欲望を浮かび上がらせてくれる。むき出しの(野生の)欲望は次世代の事業機会を発見するための導きの糸となるかもしれない。非合法市場は次世代の経済を生み出す源となる可能性を秘めているというわけだ。
私も大学教員なので、できる限り理屈立てて解説したが、そもそもに本書は多様な読みに開かれている。なぜパチンコでの換金は非合法ではないのか、マッチングアプリにユーザーレビュー(オークションサイトなどでみられる利用者間の相互評価)がないのかといった個別のエピソードを楽しむ蘊蓄本としても十分に楽しめる。肩ひじを張らず、「へー」と言いながら、野生の経営学のセンスを磨く機会としてみてはいかがだろうか。(いいだ・やすゆき=明治大学教授・経済政策)
★たかはし・みさのり=東京都立大学大学院准教授・企業家研究・ソーシャル・イノベーション論。著書に『アナーキー経営学』『なぜあの人は好きなことだけやって年収1000万円なのか?』など。
書籍
| 書籍名 | イ・リーガル・アントレプレナーシップ |
| ISBN13 | 9784495542023 |
| ISBN10 | 4495542028 |
