2025/09/12号 5面

20歳のソウル

〈書評キャンパス〉中井由梨子『20歳のソウル』(長重未来)
書評キャンパス 中井由梨子『20歳のソウル』 長重 未来  2022年10月、筆者は1冊の本に出会った。持病による入院をきっかけに、今まで苦手だった読書をしてみようと思い、書店に行くとある本が目に留まった。表紙にはトロンボーンを持つ高校生の姿があった。中学生のころから楽器を続けていたため、この本なら興味を持てるかもしれないと思い、読んでみることにした。  主人公は、浅野大義という千葉県立船橋高等学校の学生だ。彼は音楽を愛する吹奏楽部の男子部員である。トロンボーンという、花形の楽器を担当している。目立ちたがり屋で演奏することが大好きな大義にとって、トロンボーンはぴったりの楽器だ。彼は自身のトロンボーンに「ロナウド」という名前を付け、大切にしていた。  彼が大切にしていたものは楽器だけではない。大義には大事なものと夢がたくさんある。音楽、家族、仲間、作曲家になること、恋人との結婚。それらを大切にして日々真面目に素直に生きていた。  しかし大学2年の夏、彼に試練が訪れた。肺がんである。病気が見つかってすぐ彼は入院、手術と治療に専念することになる。状況は異なるが、筆者も入院・手術の経験がある。約2か月の入院生活でも孤独で、二度と経験したくないと感じたのに、全部で1年以上にも及ぶ、辛い治療と入退院にめげずに闘った大義はとても強い青年だったのだろう。  そんな彼には憧れの人物がいた。吹奏楽部顧問の高橋先生だ。高橋先生は大義がどんな状況になっても音楽に関わることを止めなかった。人によっては、「病気になったのだから安静にしておくべきである」という考えを持つかもしれない。しかし、高橋先生は大義の「母校の応援歌を作曲する」という夢を応援し続けた。その結果「市船ソウル」という今までにはない疾走感と明るさに満ちた応援歌にふさわしい曲が完成した。  高橋先生の大義への関わり方は、人が本当に生きるとは、どういうことなのかを、教えてくれた。試練に立ち向かわなければならなくなったときに、目の前の試練だけをしんどい思いで乗り越えようとするのではなく、限られた中でも自分にとって意味のあることを全力でするべきだと感じることができた。また、吹奏楽部の仲間たちもみんなでビデオレターを送るなど、家族や恋人も含め、大義の身の回りの人が一丸となって大義の闘病生活を支えた。  しかし、2017年1月12日、大義は20歳という若さで人生の幕を閉じた。大切なものや人がたくさんあり、夢に向かって努力して日々を生きていた若者がどうしてそんなに早く亡くなってしまうのか。とても残念な気持ちになった。しかし、彼は家族や仲間に支えられ20年という短い人生を全うしたのかもしれない。  告別式には会場に入りきらないほどの仲間たちが楽器を持って現れ、大義のためだけに演奏された、「市船ソウル」が鳴り響いた。一般的な告別式ではありえないこの状況は、彼の生前の生き方を表しているのだろう。  彼と同じ20歳になった今、あと数か月で人生が終わってしまうなら、どのように生きるべきなのかということを考えさせられる1冊であった。本書は実話をもとにした物語である。大義は彼が作曲した「市船ソウル」を通じて会ったこともない多くの人とこれからも繫がっていく。

書籍

書籍名 20歳のソウル
ISBN13 9784344430860
ISBN10 4344430867