滅びゆく惑星で 第20回
増田俊也
父は八十七歳になるが、いまでも毎日碁を打つほど元気である。若いころは警察官だった。もう27年も前に定年しているのに、あの職業でしみついたものだけは、老いても抜けきらないらしい。
十数年前、私の書いた『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(新潮社)が大宅壮一賞の候補にあがったときのことだ。担当者から電話があり、それを伝えられた。そして正式発表まではまだ内密に、と念を押された。「絶対に誰にも言わないでください」。私は承知したが、父にだけは伝えておきたかった。齢が齢である。喜ぶ顔を早く見たかった。
実家へ行くと、父は庭で竹箒を使っていた。私は箒の音のそばで、「じつは大宅賞の候補になった。でも絶対に誰にも言わないでくれ」と告げた。父は手を止め「おお。おめでとう」と、いかにも嬉しそうな顔をした。それを見られただけで満足して、私は辞去した。
ところが、十メートルほど歩いたところで、急に不安になった。父はああ見えて人づきあいが広い。碁会所の仲間や近所の年寄りに、うっかり喋ってしまうのではないか。私は引き返した。
「さっきの大宅賞の話、ほんとに誰にも言わないでよ」
念押しのつもりだった。すると父は、けげんな顔でこう言った。
「何の話だ?」
とぼけているのだと思った。私は少しむっとして、繰り返した。
「だからさ、大宅賞の候補に挙がったことだよ」
「は?」
「さっき言ったでしょう。候補になったこと、誰にも言ったらだめだって」
「おまえが何を言っているのか、わからん」 父はそう言うと、ふたたび竹箒で庭を掃きはじめた。その背中には、一分前のやりとりなど、どこにも残っていなかった。
私はしばらくその場に立ち尽くしていた。惚けたのではない。父の目は少しも濁っていない。意識してやっているのだ。息子が「言うな」と言った。ならばその情報はこの世に存在しなかったことにする。たったいま聞いたばかりの話を、告げた本人の前でさえ無かったことにしてみせる。
この異様な口の堅さは、現役警察官のころのままなのだろう。情報の出どころである私自身にすら、父は最後まで口を割らなかった。息子が相手でも、いったん「言うな」と釘を刺されれば、父の顔からはその話がすっと消える。竹箒の音だけが、乾いた庭に、さっ、さっと鳴っていた。あの音を聞くと、いまでも私は少しばかり背筋を正したくなる。(ますだ・としなり=小説家)
