2026/03/20号 6面

歴史的トラウマと日常を結ぶ心理臨床

歴史的トラウマと日常を結ぶ心理臨床 朴 希沙著 森 茂起  昨年9月ごろに書かれたと思われる本書の「おわりに」によると、昨年7月の参議院選挙で排外主義的な言葉が流布するなかで、著者は、人種・民族的マイノリティーを対象とする無料相談を開始した。自身が属す「在日コリアンのための専門的なカウンセリング機関」ZACの活動としてである。高まる外国人嫌悪から受けた衝撃に耐えながら、「無力ではない」ことを願ってのことだった。相談者の語りから見えたのは、そうした大きな社会の動きが作用して、「人間一人ひとりの生活を壊していく」さまであった。  この件を私は――「おわりに」だから当然だが――最終章の第8章の後に読んだ。著者の人生、研鑽、実践、研究のすべてを通して取り組んできた問題、そして本書に報告される支援実践は、読者に希望をもたらすものである。しかし、昨夏のような歴史的流れがまたもや多くの個人に、ストレス、トラウマ、挫折、不信――さらに多くの言葉を連ねることができるだろうが――の数々を与え、その作用が長く残り、連鎖していく。それまでの章が伝えてくれた希望を打ち砕くに十分な報告である。しかし、すぐに思った。著者が本書で取り組んできた歴史的トラウマとそれを背景とする日常の問題の様々こそ、過去の社会的、歴史的な悲惨な状況が生み出して今日に流れ込んできたものだと。過去の悲惨を背後に抱えていたとしても、のちになって真摯に取り組むことで、そこに変化と希望がもたらされることこそ、著者が示したものなのではないか、と。  本書は、100〜200万以上が日本で生活している在日コリアンを主題として、その背後にある歴史的トラウマと日常における困難に焦点を当てて、臨床心理学の立場から、理論の整理、調査・実践の報告を行ったものである。著者の博士論文に第1部「私自身について」などを加えて成ったものであり、タイトルもその成り立ちに相応しい佇まいである。分野外の読者に広くアピールするようには見えないかもしれない。しかし、読後感は通常の学術論文とずいぶん違う。人柄が見えるような柔らかで親密(intimate)な叙述もあって、第1部にはじまる「自叙伝」の性格が本書全体に満ちている。  どの章も、優れた学術的議論でありながら、著者の経験をそれぞれの主題に沿って照らし出す。「在日コリアンとメンタルヘルス」「在日コリアンに対する心理社会的支援のこれまで」といった博士論文に必須の過去文献の整理も、著者の体験を踏まえた血の通ったものになっている。  「歴史的トラウマ」、「マイクロアグレッション」といった在日コリアンの体験を理解するに必須の概念や、著者が用いた「認知行動療法」について書かれた頁も同様である。それらの概説を目的としていないにも関わらず、一般の解説より優れたガイドを提供していると私は感じた。もし認知行動療法に関するガイドブックを紹介してほしいという学生がいたら、本書を紹介したいくらいである。「歴史的トラウマ」や「マイクロアグレッション」についてもそうかもしれない。分量こそ少ないがユングやフランクルの理論、思想も登場する。それもつまみ食いのような引用ではなく、内容にかなり立ち入った経験を踏まえて、在日コリアンについて考えるための重要な視点として自然に組み込まれている。実践を足場に置いて、必要な視点を探索し、自らの思考の中に統合していく著者の柔軟な姿勢を感じる。  最後に、「それが一人のためだとしても」の言葉に由来する「してもの会」で行われたグループワークの「流行語」現象に触れておきたい。ディスカッションが盛り上がったとき、「泥水すする」「うぎゃー感」「盛んに」といった言葉が「場にヒット」して、広がり、変化していき、会の「文化」となって「場への信頼感」を生み出したという。「ことば」「ナラティヴ/ストーリー」「文化」などについて幅広く議論を展開できる興味深いモチーフと感じた。  本書は、「おわりに」で、マジョリティーの中にある多様性という課題を提示して終わる。私は、本書を読みながら、自らが抱えるマジョリティーの側面とマイノリティーの側面の両者について様々考え直すことができた。在日コリアンについて関心を持つ読者だけでなく、幅広い読者に薦めたい書である。(もり・しげゆき=甲南大学文学部名誉教授・臨床心理学)  ★パク・キサ=公認心理師・臨床心理士。二〇二〇年に在日コリアンカウンセリング&コミュニティセンター(ZAC)を開設。現在はZACでのカウンセラーの他、病院での心理士、大学での非常勤講師などを務める。翻訳書に『日常生活に埋め込まれたマイクロアグレッション』など。

書籍

書籍名 歴史的トラウマと日常を結ぶ心理臨床
ISBN13 9784750360430
ISBN10 4750360430