東京で育つ/育てる
知念 渉編
天童 睦子
東京という都市で暮らす高校生とその親は、どのような葛藤、困難、将来展望を持っているのか。本書は現代の日本社会が抱える課題を、母と子を対象とした質問紙調査とインタビュー調査の分析で多面的に描き出した。ピエール・ブルデューの階級分析を参考に、日本の教育社会学に今、なにができるか、若手を含む9人の協働作業で、新たな地平をひらく力作が登場した。
子育て調査、教育格差研究は多々行われてきたが、本書が一味違うのは、当事者の視点と社会空間分析を巧みに組み合わせて、教育と生活の不平等の布置を鮮やかに描き出したところにある。とくに母親の生活史、子どもの生活史の記述は、語り手の声が聞こえてくるようだ。
本書は、ブルデューが『ディスタンクシオン』で提示した社会空間分析を用いて、人々の置かれた社会的位置の違いを見極めようとする。そして、小熊英二の大企業型、地元型、残余型(2019)をもとに、三類型のライフスタイルをモデル化し、それぞれの葛藤や苦悩を社会空間に位置付けた。
大企業型は、サラリーマンの父と専業主婦かパートタイムで働く母親の組み合わせで、子どもの教育では業績主義を体現する。地元型は、正規で働く母親が多く、地元(調査地である東京のある区)に長く住み、地域のつながりや祖父母の助けを得やすい。そして残余型はひとり親で生活の苦労に直面した経験を持つ。
大企業型の自明視された大学進学の語り、地元型の「地域のつながりのなかで成長する」子どもたちの様相、残余型の「千円の出費に怯える」綱渡りのような日常。なかでも地元型の子育て・教育は、既存の格差研究で明確にされてこなかった観点で、その発見が本書に厚みを与えている。
とくに読み応えがあったのは「高校生のライフスタイルと将来展望」(第9章)である。学校文化、生徒文化、進路選択は教育社会学の得意とするところであるが、本章では「若年層生活実態調査」の項目を駆使し、多重対応分析によって「多チャンネル化する」高校生の「ライフスタイル空間」を浮かび上がらせた。高校生の学校内/外活動の何に、だれが、重きを置いているのか。ここでも三類型の考察が活きる。
社会階層を紋切り型に上下の二分類で規定すれば、大企業型と地元型の対比は見えない。また大企業型は業績主義を前提としつつ、その競争にうまく乗れない罪悪感という苦悩も語りから浮かぶ。地元型の「つながりのなかの成熟」という教育スタイルでは、子どもは、堅実なやりたいこと志向で将来展望を見出していく。
地元型と残余型をひとくくりにしないことで、学校・生活経験の面でも、将来展望の面でも「残余型の苦悩はより大きい」(145頁)ことが見えてくる。高校生の学校内外の生活経験や進路形成の分析の土台に、彼らが形成してきたライフスタイルにある実践的合理性と、社会関係資本の有無を含めた家庭の資本構成の影響を見極める視座は説得的である。
加えて、巻末の「補論」が多重対応分析の初心者には助けになる。どこまでも読み手にやさしい構成が光る。
第Ⅲ部「社会空間と育てる経験」の各章では母親たちの苦悩が取り上げられる。ケア圏、生活圏、親密圏の3つの規範が参照されて、丁寧なインタビューの記述により、女性(母親)の共通の苦悩に分け入ろうとするのだが、資本量の過多と苦悩の深刻度、「女性が家族の枠を越えて苦悩を共有することの困難」の背景に何があるのか、より深い考察が読みたい。もう一つ気になるのは、父親(男性)の存在の希薄さである。困難の「個人化」は、貧困のみならず、女性の社会的位置づけと深くかかわる。母と子(娘)の生活史からは、「不利が不利を呼ぶ」ジェンダー化された構造的不均衡の再生産が透けて見えるように思う。
第18章「育つ/育てる経験のなかの困難と脱却の道筋」では、貧困、格差、子育ての困難といった本調査の知見は東京のみならず、地方にも通じる課題であることが示唆される。貧困の「個人モデル」から「社会モデル」への転換、「女性が従属的立場に置かれることを当たり前としてきた社会のあり方」(282頁)への問題提起を共有したい。
それらの課題をどのような未来展望につなげるか。発見に満ちた本書を通してともに考えよう。(てんどう・むつこ=宮城学院女子大学名誉教授・教育社会学)
★ちねん・あゆむ=大阪大学大学院准教授・教育社会学。一九八五年生。
書籍
| 書籍名 | 東京で育つ/育てる |
| ISBN13 | 9784641175105 |
| ISBN10 | 4641175101 |
