2025/12/19号 9面

映画

映画 伊藤洋司  二〇二五年は蓮實重彥の『日本映画のために』(岩波書店)が出版された年だった。本書の目玉は書き下ろしの内田吐夢論で、『妖刀物語 花の吉原百人斬り』を中心としつつ、内田吐夢の映画における樹木や船の主題へと話を広げていく語り口がとても面白い。とはいえ、若い読者には、一九八〇年代に書かれた溝口健二の『近松物語』論、山中貞雄論、澤井信一郎論の三本の論考にも注目してほしい。これぞ蓮實重彥の映画批評というような論考だ。特に『近松物語』論に関しては、読む前に是非、どの場面の記述から論考が始まるかを予想してほしい。予想が外れ納得がいかなくても、最後まで読み進めれば、この場面から書き始めるしかないと納得できるだろう。この記述の順序の妙が蓮實重彥の映画批評の極意だ。また、最後に収められた映画監督との対談と鼎談が日本映画の未来を感じさせる。  とはいえ若い初心者には、蓮實重彥の『映画夜話』(リトルモア)を薦めるべきかもしれない。名画座のシネマヴェーラ渋谷で行なわれたトークショーを集めたものなので、どの文章も短く読みやすいからだ。ただし、ユーモア溢れる軽妙な語り口を楽しむだけでなく、是非、語られている内容にも注目していただきたい。様々な逸話を挟みつつも、映画の面白さの根本に触れることが書かれている。  筒井武文の『映画のメティエ 欧米篇』と『映画のメティエ 日本篇』(共に森話社)も今年の貴重な収穫だ。筒井武文と言えば、飛び抜けた映画的教養で有名な、現代日本最高の批評家の一人で、事実、二冊のどの頁をめくっても学ぶべきことが書かれている。もっとも、一筋縄ではいかない書物なので、初心者どころか中級者でも注意が必要だ。例えば、『欧米篇』では、映画史における編集の起源としてエドウィン・S・ポーターの『大列車強盗』が決定的だと主張される。また、『日本篇』では、川島雄三の大映作品の編集が分析され、それらの作品は「映画的想像力を、その始源に存在したはずの可能性に向けて、衝撃的に覚醒させる異様な力を開示している」(七九頁)と断言される。これほどの批評家が、初期の映画史における編集の複雑な発展過程を知らぬ筈がないし、川島雄三が大映で撮った『女は二度生まれる』の自堕落な編集に気づかぬ筈もない。何があえて書かれていないのかが分からないと読み間違えかねない点で、この二冊はかなり玄人向けである。  ニコル・ブルネーズの『ジャン=リュック・ゴダール 思考するイメージ、行動するイメージ』(フィルムアート社)も突出している。読者を拒絶するような晦渋な文体に見えるが、実は、哲学をはじめとする基本的な教養を備えていれば、一文ごとに愚直に読むだけで明確に理解できる。ゴダールについて、日本ではあまり指摘されないことが書かれている。  最後に、ジャック・ランシエールの『映画の隔たり』(青土社)も重要な収穫として挙げたい。『山椒大夫』で締め括られる序言だけでも胸が高鳴るが、本論に入ると、示唆に富む指摘の連続に唸らされること間違いない。(いとうようじ=中央大学教授・フランス文学)