2025/05/16号 8面

新装版妖精事典

井村君江インタビュー『新装版 妖精事典』(冨山房)刊行を機に
井村君江インタビュー 妖精の存在に心を澄ますひととき  一九九二年に初版が刊行され五版を重ねた後、四半世紀の間、絶版となっていた『妖精事典』(キャサリン・ブリッグズ編著/平野敬一・井村君江・三宅忠明・吉田新一訳、冨山房)が新装版として刊行された。本書の訳者で、妖精学の第一人者である井村君江氏にお話を伺った。(編集部)  ――新装版が刊行された『妖精事典』ですが、一九九二年の刊行の経緯を伺えますか。  井村 著者のキャサリン・ブリッグズさんから原著をいただいて、邦訳することを約束したんです。はじめは全て自分で訳そうと思っていたのだけど、東大教授の平野敬一先生が一人で翻訳したら何年かかるかわからないと言うので、四人で分担することになりました。それでも刊行までに十二年かかりました。  ブリッグズさんはもとはシェイクスピアの専門家で、オックスフォードで教えていました。ところが、シェイクスピア作品の重要なテーマとして妖精を追いかけるうちに、研究対象が逆転してしまったんです。それぐらいシェイクスピアと妖精とは関係が深く、もっと言えば、イギリス文学には妖精の存在は欠かせないものなのです。  ――井村さんは、どのように妖精の研究に入っていかれたのですか。  井村 私は、十八世紀に活躍したサミュエル・テイラー・コールリッジがきっかけで、妖精の世界に入りました。  十六世紀にシェイクスピアは、妖精の様々な行為――労働、着物を贈ると退散する、輪踊り、整頓や清潔を好み散らかす者を罰する、夜出歩く者を道に迷わせる――等々を作品に取り扱い、さらに小ささと花への愛という特質を妖精に加えます。その作品はウィリアム・ブレイク、ワーズワース、コールリッジといった詩人たち、さらに詩歌が発展する十九世紀のキーツやシェリーに影響を与えています。  コールリッジは『クブラ・カーン』『クリスタベル』などの、超自然的、幻想的な作品を書いたロマン派の作家です。ワーズワースと共著で『リリカル・バラッド(抒情民謡集)』を出していますが、この時、ワーズワースの妻の妹、サラ・ハッチンソンに恋をします。コールリッジは妻帯者でしたが、サラに恋をして詩を書くのです。ほどなく失恋して詩が書けなくなり、以後はドイツ観念論哲学や神学の方面に向かいます。  私はコールリッジの理論的な文章に興味を惹かれました。Fantasy(空想)とimagination(想像)を区分し、空想は想像を創造すると打ち出した彼の思考に感銘を受けて、そこから妖精の世界に入っていくんです。  彼の生まれたオッターリバーのほとりには、妖精の女王が棲む洞穴があると、詩に書いています。その洞穴に、夫で中世英文学者のジョン・ローラーに連れて行ってもらったことがあるのですが、コールリッジの世界、妖精の世界に触れることができました。このオッターリバーの街では、今も妖精をたたえるお祭りが行われています。コールリッジの空想力、想像力には、子どもの頃からの自然環境が影響していると思います。  ――井村さんが妖精学に夢中になったのはなぜでしょうか。  井村 この世界は、縦・横・高さの三次元ですが、妖精の世界は四次元だとも、六次元あるいは十一次元だとも言われます。現実とは次元が違うんですね。  この話をするためには、私の生まれ育った環境について語らないといけないかもしれません。祖母には三人の息子がいましたが娘がいなかったので、孫の私をすごく可愛がってくれました。あるとき祖母が私に会いに来ました。ところがお茶を淹れようと母が立った隙に、待たせておいた車で私を家に連れ帰ってしまったんです。その出来事があって母は、それほどに祖母が私を思う気持ちが深いならば、祖母のそばにおくのが幸福なのではないかと、私を祖母に預けます。大事に育ててもらいましたが、そうした生育環境が影響しているのか、いわゆる三次元の世界だけでない、ほかの次元への空想が、常に私の中にあったのかもしれません。  ――事典を見ると、似た妖精でも地域によって呼び名が違っていたりしますね。またケルト諸語を日本語で表記するのには、相当ご苦労されたのではないでしょうか。  井村 そうなんです。諸語の校閲は、アイルランド・ゲール語、ウェールズ語、マン島語、それぞれの言語の研究者にご担当いただき、表記することができました。  妖精の名は、たとえば「ピクシー」なのか「ピグシー」なのか。これはイングランド南西部諸州に出没する妖精ですが、コーンウォールでは「ピスキー」とも呼びます。たくましいのがサマーセットのピクシー、色白で細身がデヴォンシャーのピクシー、コーンウォールのピスキーは痩せた年寄り、といった地域差はありますが、性質や習癖はほとんど同じです。ピクシーは、アイルランドでは「ディーナ・シー」、スコットランド高地地方では「シー」、ウェールズでは「タルイス・ティーグ」となります。またピクシーと似た妖精に「ブラウニー」「ロビン・グッドフェロー」「パック」などがいます。パックはシェイクスピアの『夏の夜の夢』に登場しますね。  ブラウニーは、スコットランドの低地地方から高地地方と西方の島々、イングランドの北部と東部、中部諸州を縄張りとしています。これがウェールズでは「ブカ」、スコットランド高地地方では「ポダッハ」、マン島では「フェノゼリー」となる。イングランドのパックは、「プーク」とも呼ばれますし、ウェールズでは「プカ」になります。これが「プーカ」になると、パックよりブラウニーやホブゴブリンに近くなる。  それから、綴りが同じで発音が違うこともあります。たとえば十六世紀後半のエリザベス一世時代、「エルフ」の別称の「アウフ(Ouph)」は、同じ綴りで「ウーフ」とも呼ばれました。エルフはスコットランド低地地方の地域限定の呼称ですが、フェアリーはどこででも通用するのもまた面白いところです。  現地の発音をどのように日本語表記にするのかは大きな問題です。カタカナ表記で定着しても困るし、定着しないのも困ります。ほかにも、妖精は植物や動物などと関係が深いので、そうした各専門家の方にも確認を取り、調査しながら、邦訳を進めました。  ――事典には妖精の固有名詞だけでなく、興味深い伝承や、妖精が使う特殊用語、昔話や創作、妖精文学の作者、妖精分類者などが網羅されています。  たとえば「取り換え子(Changelings)」の項目には、「妖精信仰のうちでも最も古い部分の一つ」であり、中世年代記にも、エリザベス一世時代にも、ジェイムズ一世時代にも、今世紀初頭にかけても、見いだされると書かれています。  井村 時代ごとの妖精観や、伝承の変遷も書かれているんですよね。  「伝承」とは事実として伝えられたものであるのに対し、「昔話」は作り物です。さらに妖精伝承の「淵源」に対して、叙事詩や文学作品などの「人工」があります。  取り換え子は『夏の夜の夢』では伝承に則ったものとして描かれていますが、『ヘンリー六世』のチェンジリングは、本来的な伝承からは外れています。こちらは人間どうしの交換ですから。  ――また項目記事中で点線を引かれた言葉は見出し語になっていて、「取り換え子」から「小児麻痺」の項に飛ぶと、麻痺や傷病が現れたとき、子が妖精の子に取り換えられたと「周囲が騒ぐ」、妖精迷信に「多くの人が苦しむことになったに違いない」など、伝承の影響が読めるのも面白いことでした。  井村 あるいは「ワイルド夫人」の項目に飛んで、妖精学における貢献について読んでもいいし、「妖精界の捕らわれ人」を引いて、伝承をより深く知るのもいいですよね。自在に辞書をさまよって楽しんでもらえたらと思います。  ――「ごく小さい妖精」の項目も面白かったのですが、「伝承の流れから消え去ることがなかったのは、そういう小さな妖精と死者たちとが結びついていたからであろう」と。人間の霊魂は死者、あるいは眠っている人の体外に出てさまよい歩く小さな生き物、と考えられていたのだと。  井村 そうして生き残った伝承が、戯曲『エンディミオン』に、最初に導入されています。  ――「小さいさん」「あちらさん」など、はっきり見えないけれどそばにいる、この世ならぬ存在への感性は日本にもありますね。怒りっぽい人は嫌われるとか、片付いた炉端を好むとか、寛大な気前良さが必要など、妖精が尊重する美徳も事典には書かれています。  井村 私は常々、妖精は日本の八百万の神に似ていると思っています。西洋は、創造主の一神教の国ですが、日本でいう八百万の神に似た、眠りの精とか、小川の女神とか、大気の精などもいるわけです。  ――妖精だけでなく怪物の項目もたくさんあります。たとえば「ナックラヴィー」は、「最もおぞましい生き物の一つ」で、「スコットランド人は恐ろしい物を考案するのが得意である」とあります。ほかにも海の妖精・妖怪が目につきました。  井村 イングランドが周りを海に囲まれた土地だからでしょうね。海に対する脅威が、人々の想像力に影響している。  ――ドラゴンも、怪物の中でよく知られていますね。  井村 ドラゴンはイングランドでは悪の存在です。翼の有無、火を吐く/有毒な息を吐くなど違いはありますが、鱗で覆われた体で井戸やよどみの近くに出没し、乙女をむさぼり財宝を秘蔵し、これを殺すのは非常に難しいとされています。  比べて、中国や日本の龍は、悪のイメージではないですよね。龍神に祈ると雨がもたらされるという、水のイメージがついて回ります。日本は農耕民族なので、水がないと米を作ることができません。ですから畏怖はあっても龍は悪ではない。ただイングランドでは邪悪な存在であり、ドラゴン退治が英雄の条件になる。イングランドの旗には、セント・ジョージ・クロスと呼ばれる赤の十字が描かれますが、クロスはキリスト教のごく初期から、すべての悪霊を防ぐ象徴として効果のあるものであり、セント・ジョージはドラゴン退治の英雄です。  ――この事典では「タイプ・モチーフ・インデックス」による項目分類がなされています。「ナックラヴィー」の項目の後ろに、モチーフ・インデックスが五つついていますが、そのうちの【F 420.5.2】を見ると、「悪意をもつ水に棲む精」として、「アーヴァンク/グリンディロー/サムヒギン・ア・ドゥール/ナックラヴィー/フィジアル/フーア/マーマン/マーメイド/水の妖婆/緑の牙のジェニー」と並んでいます。その中で気になる項目を引いて比較しつつ、調べる範囲を広げながら、妖精の世界を楽しむことができるわけですね。  井村 これはブリッグズさんの見事なお仕事です。タイプ・インデックスもあって、【タイプML.6035:妖精が農夫の仕事を手伝う】には、「トム・コックル/ピクシー/ブラウニー/ボダハン・サヴァル」とあり、【タイプML.7010:からかわれた仕返し】には、「ブカ/ブバホッド/ブラウニー/ボガート」、【タイプML.7015:新しい衣服】には「ブラウニー/ブルーニー」とあり、それぞれの妖精の差異がわかるように区分されているのです。  ――先ほど、「淵源」と「人工」というお話がありましたが、妖精が最初に登場する物語は何ですか。  井村 「ベオウルフ」です。イギリスの英雄伝説といえば、「ベオウルフ」「アーサー王」「ロビンフッド」の三つが挙げられますが、これは最も古く、文字がなかった十世紀頃の口伝の物語です。  夫のジョン・ローラーが、「ベオウルフ」の一節を暗唱して聞かせてくれたことがありました。「ベオウルフ」は六世紀のデンマークを舞台にした物語で、古英語で書かれた叙事詩です。これが非常にドイツ語に似ていました。  それも当然で、デンマークはイギリスの祖にあたります。現在のデンマーク南部とドイツ北部あたりにいたアングル人、サクソン人、ジュート人が、五世紀頃、冷寒期のために南のブリテン島へ移動してきて、アングロ・サクソン人と呼ばれるようになります。そして定住し、イングランドの起源となりました。  「ベオウルフ」の中で妖精は、フェアリーではなくエルフと書かれています。「神に刃向かう妖怪、ドラゴン、巨人、妖精の類」と、邪悪な存在に連ねて表現されています。「ベオウルフ」に描かれた妖精は、ドイツ系の暗い印象をまとっていたということです。  ――それが、小さくて羽の生えた可愛らしいフェアリーとして流布していくのには、どんな経緯があったのでしょうか。  井村 十二世紀頃から口伝えが文字となり、英語が定着していきます。チョーサーの『カンタベリー物語』、マリー・ド・フランスのラブロマンス。ラブロマンスの中で、妖精が美しくなっていくんです。その影響を受けて、シェイクスピアの『夏の夜の夢』や『テンペスト』が生まれ、詩人のキーツやシェリーにも繫がっていくのです。  キーツはイギリスで最も妖精について書いた詩人です。「美こそ真なれ、真こそ美なれ(Beauty is truth. Truth beauty)」がキーツのモットーで、「美の詩人」と呼ばれています。一方、シェリーの作品には、知恵の精霊、恋人の精霊など、スピリットが登場します。これも描き方が違うだけで、妖精に近いものだと思います。  そのような流れを視覚的に決定したのが、バレエです。マリー・タリオーニが一八三二年に、「ラ・シルフィード」で、シフォンのチュチュを着て、バレエシューズでポワント(つま先立ち)をしてみせた。当時の新聞はその様子を、「Like a Fairy(まるでフェアリーのように)」と報じ、センセーションを巻き起こすのです。我々が視覚的に妖精としてイメージしているのは、シフォンのチュチュを着たバレリーナからではないかと、私は考えています。  妖精を描いた有名なバレエ作品には他に「ジゼル」「オンディーヌ」などがあります。一八三〇年頃のエリザベス一世の時代が、イングランドのバレエが最も盛んな時期でした。  ――絵画ではなくバレエが、愛らしい妖精イメージの最初なんですね。  井村 そうです。そこから、音楽、絵画へと広がっていきます。一八三三年に、ワグナーが「妖精」という曲を作っています。前後してメンデルスゾーンやベンジャミン・ブリテンが「夏の夜の夢」を作曲しました。  絵画では、ジョン・ボイデルが『夏の夜の夢』をモチーフに、きのこに座った裸体の男の子の妖精を描きました。これが最初の妖精画です。ほかに代表的な妖精画家としては、ウィリアム・ブレイク、ジョン・シモンズ、リチャード・ドイル(コナン・ドイルのおじ)などがいます。  ――十世紀の口伝の「ベオウルフ」から、二一世紀のC・S・ルイスやトールキン、『ハリー・ポッター』まで、千年を越えて、活字だけでなく、映像化、舞台化など、妖精が頻繁に題材にされてきたわけですね。  井村 作家や作品についても、この事典には記載されています。  今、美しい妖精への変遷について話しましたが、別の流れもあります。コールリッジの『クリスタベル』には、非常にたくさんの妖怪が出てきます。その『クリスタベル』をシェリーが朗読し、それを聞いたバイロンは『吸血鬼』を書き、シェリーの妻になるメリーは、『フランケンシュタイン』を書くのです。  批評家のマシュー・アーノルドはシェリーのことを「大気の妖精エアリエルのように美しいが役に立たぬ天使」と言っています。コールリッジの『クリスタベル』が、シェリーを経て、バイロンやメリー・シェリーに伝わり、さらにそこから二次創作も含め、後世に作品が受け継がれていくのは重要な、興味深いことですよね。  ――このところ、妖怪も妖精も、注目を集めている感じがします。  井村 日本では、水木しげるさんの功績が大きいでしょうね。それと同時に、我々の現実が変わりやすく頼りにならないものになったことで、次元の違う世界を求める気持ちが高まっているのではないでしょうか。  ――名誉館長をされているうつのみや妖精ミュージアムのほかに、福島にも妖精美術館があり、妖精関連のアート作品や陶器などを、多数寄贈されているそうですね。  井村 イングランドにいた間にいつのまにか集まってしまったんです。リチャード・ドイルの妖精画を、ある方がまとめて画集にしたいと調べたところ、世界中で一番作品を持っているのが、福島県の私の美術館だとわかったそうです。  宇都宮は「餃子のまち」とうたっていますが、「妖精のまち」になるように、それぐらい広がりも魅力もあるものだと私は思っています。  上皇后美智子様も、妖精に非常に興味を持ってくださって、まだ皇太子妃の時代に、東宮御所に通って妖精学のお話をしたことがありました。ケンブリッジから招聘があり、私がイギリスに行くまでの間です。うれしかったですね。  ときには忙しい人間の世界から離れて、自然界の妖精、精霊の存在に心を澄ますひとときがあっても、いいのではないでしょうか。  (おわり)  ★いむら・きみえ=英文学者・比較文学者。ケンブリッジ・ルーシー・キャベンディッシュ・カレッジおよびオックスフォード・モーダレン・カレッジ客員教授。明星大学名誉教授。うつのみや妖精ミュージアム名誉館長。金山町妖精美術館館長。一九三二年生。

書籍