生き続ける震災遺構
坂口 奈央著
山﨑 真帆
災害の頻発化、大規模化の傾向が指摘される今日、過去の災害復興を多角的に捉え、しなやかな地域社会の構築へとつなげていく手がかりを探ろうとする営みが求められている。このような社会的状況において、本書の主題である「震災遺構」は、災害の教訓を伝えるメディアであるとして、次なる災害へ向け、その価値が広く共有されてきた。
10年以上を費やした重厚な生活史調査を経て編まれた本書は、「外部」から「震災遺構」へ向けられたまなざしに疑問を投げかけ、三陸沿岸の人びとの視点から捉え返そうとする。重要なのは、本書が彼らを「被災当事者」にとどめるのではなく、海とともに生きてきた「生活者」として捉えていることである。本書では、議論の時間軸が震災前にまで延長される。「震災遺構」はそれが「遺された」地域社会の脈絡に埋め戻され、そこに見出された「意味」が探究されていく。
そもそも「震災遺構」は、東日本大震災後の日本社会において生成され、一般化した言葉である。発災初期よりマスコミ、研究者、支援者ら「外部」は遺構に対し被害の衝撃を伝えるモノとしての価値と保存の意義を積極的に提示し、遺構を遺すための公的な枠組みも整備された(第2章)。
しかしながら、生活者としての三陸の人びとは、必ずしも「震災遺構」に対して防災や減災を目的とした教訓という意味を見いだしていない。彼らの、自らの語りと外部からの語られ方との間で揺らぎ葛藤する思いは、遺構に対する印象的な語り(「私たちの働く場を奪わないで」、「船がかわいそう」、「恥の場だから」)に現れている。著者は、こうした前提のうえでモノがシンボルに位置付けられていく過程に注目するシンボリック相互作用論を導入し(第1章)、「震災遺構」の「意味」が生成されるプロセスのダイナミズムを捉えるため、事例の検討に入る。
本書が取り上げる「震災遺構」は、「船」、「公的機関」、そして「自然地物」である。第3章から第5章ではそれぞれ複数の遺構に焦点を当て、地域住民の生活史から、彼らがそれらに見出した「意味」の分析・考察が行われる。
三陸の人びとの生活に栄枯盛衰をもたらしてきた「船」の事例からは、「震災遺構」に対する地域住民の語りが、生活経験や第一次産業(とりわけ漁業)にまつわる社会状況に大きく規定されていることが明らかになった。また、責任をめぐる議論が先鋭化しがちな「公的機関」の事例では、「震災遺構」に対するネガティブな語りのなかに、地域住民のまちへの挫折感や悔しさ、そしてそれと相反する深い郷土愛を読み取った。このように、彼らにとっての「震災遺構」は、生活の総体が映し出される媒体なのである。
最後に、人びとが自ら「おらほ(自分たち)の遺構」と呼ぶ「自然地物」の事例には、津波被害から回復を遂げる樹木などを復興、生のシンボルとして彼ら自身を重ね合わせ、時間をかけて「被災者」というレッテルから脱却し、地域で生き続けていく「意味」を見いだしていく様子が活写されている。
本書では、三陸の人びとが「意味」を見いだしていく基盤を成す内的条件として、自然条件が成す「生活環境」、より広い社会の動きに影響を受ける「社会状況」、こうした条件に規定されながら構築されてきた「生活経験」を挙げる。一方、災害による外的条件については、語りが生み出されていく時間軸と、復興に向けた外部者を含む多様な人びととの相互作用、およびそれにともなう自己の問い直しとの二点に整理している。
こうした内的・外的条件による働きかけのなかで、三陸の人びとは自己を問い直しながら、改めて生活者として生きる意味を確認していく。本書は「震災遺構」を、彼らがそこで今後も「生き続けていく」ためのシンボルであると結論し、「生を問い直す」プロセスが展開する余白を確保するための手がかり、時空間をつなぐ「震災遺構」の意義を示して筆を置く。
評者もまた、著者と同様に東日本大震災を機に災害研究に足を踏み入れた学徒である。近年、学生を同伴した「震災遺構」の現地調査において、時間の経過に伴う若い世代の関心の低下を目の当たりにし、焦燥感を覚えることがある。そうしたときには、ついわかりやすい防災や教訓の説話にとどめてしまいそうになるが、本書に示されたような被災当事者の「揺らぎ」に触れることにこそ、真の意味で我々「外部者」が災害を自分事として捉える契機が開かれているように思う。評者の姿勢を正してくれた本書が、他の多くの「外部者」にも届くことを願ってやまない。(やまざき・まほ=東北学院大学情報学部講師・社会学・災害復興)
★さかぐち・なお=岩手大学大学院総合科学研究科・地域防災研究センター准教授・災害社会学。主な論文に「なぜ三陸の被災者は自然地物を「おらほの遺構」と語るのか」など。一九七五年生。
書籍
書籍名 | 生き続ける震災遺構 |
ISBN13 | 9784779518508 |
ISBN10 | 4779518504 |