2026/08/21号 5面

性別違和に生まれて

性別違和に生まれて 松永 正訓著 頭木 弘樹  すごい記録だ。最初から最後まで、圧倒されながら読んだ。  著者は医師、それも小児科のクリニックの院長で、小学館ノンフィクション大賞を受賞している作家でもあるから、てっきり自分が出会った患者の話を書いているのだろうと思ったら、そうではなかった。著者自身の子どものことなのだ。小学校卒業を控えたある日、娘と認識していた子が「中学校に学ランで行きたい」と思っていることを妻から告げられて、驚いたのだ。  その後のこと、さらにその前のことも含めて、親子の二三年間が綴られている。著者名は父になっているが、副題に「父と子で綴った23年」とあるように、子どもの光さんも手記を書いている。父の文章と子の文章が交互に並んでいる構成だ。同じ時期のことが、まず親の視点から、次に当人の視点から語られる。これがとても興味深い。著者も「あとがき」で「正直言って驚いた」と書いている。「手記を読んで光の心の奥底を知ると、心と体がバラバラなのはここまでつらいことなのかと改めて認識することになった」。  いちばん身近で見守っている親でさえ、「私の想像をはるかに超えていた」というのだ。他人では想像が及ぶはずもない。じつはこの本を読む前、不安があった。私には性別違和はない。LGBTQについても通り一遍の知識しかない。経験も実感も共感も知識もないのでは、いい読者にはなれないのではないかと思ったのだ。しかし、今は逆に、私のような人にこそ読んでほしいと思っている。完全に理解はできなくても、もっとわかりたいとは思える。実感はできなくても、その苦しみに敬意を払うことはできる。  光さんは小学校五年生くらいから学校に行けない日が増え、やがて不登校になる。そう聞くと、ああ、いじめられたんだなと思ってしまうが、そうではない。光さん自身も「幸運だった。人に恵まれていた」と書いている。クラスメートからいじめられることもなかったし、教師たちも適切な配慮をしてくれた。「だから教師という存在に感謝と憧れがあった」と、のちに教職を目指すほどだ。両親も理解があった。それでも、こんなにつらいのか!というのが驚きだった。  中学校もまた柔軟に対応してくれ、光さんは男子として取り扱ってもらえることになった。しかし、周囲の男子が第二次性徴期を迎え、体が男らしくなっていったとき、光さんは「低い声もくっきり出た喉仏も、髭もいらない」と感じた。それまでは「女性でないなら当然男性である」と光さん自身も思っていたのだが、「私は女でもない。男でもない」と気づく。のちに光さんは「心の中の性別はグラデーションのようなものだ」という考えに至る。誰もがそのグラデーションの中にいる。光さんの場合は、その真ん中あたりで、男のほうに寄ったり女のほうに寄ったりする。つまり、男として扱われれば解決というわけではないのだ。  では、どうしたらいいのか? 光さんは自宅で両親といるときには「性自認の問題を忘れることができた」という。なぜなら、「家族にとって私は『光』という存在であり、『女の子』でも『男の子』でもなかった」「ただの『私』として存在することができたのだ」。  いかに学校や教師やクラスメートが配慮してくれても、世の中には男女の区別がたくさんある。もちろん、仕方のない区別もある。たとえば「トイレを身体に合わせて区別するのは、私はやむ得ないと思っている」と光さんも書いている。しかし、「分ける根拠のない男女区別がたくさん存在する」のも事実。それが世の中から減っていき、みんなが「私」でいられるようになることを願うばかりだ。  なお光さんは、中学三年生のときにパニック障害になる。「最長でも二駅しか電車に乗れない」ようになり、高校を退学することに。パニック障害が具体的にどのように大変なのかも、この本で初めて知った。  そして、「高等学校卒業程度認定試験」という制度がいかに大切なものであるか、リモートでも仕事ができるようになったことがいかに就労の可能性を広げたか、それもこの本で強く感じさせられた。(かしらぎ・ひろき=文学紹介者)  ★まつなが・ただし=小児外科医・作家。日本小児外科学会・会長特別表彰など受賞歴多数。二〇〇六年より「松永クリニック小児科・小児外科」院長。著書に『運命の子 トリソミー』(小学館ノンフィクション大賞)『発達障害に生まれて』(日本医学ジャーナリスト協会賞)など。一九六一年生。

書籍

書籍名 性別違和に生まれて
ISBN13 9784120060274
ISBN10 4120060276