書評キャンパス
戸谷洋志 『友情を哲学する』
神野 心花
『本当のともだち』とは何だろう。分からないけれど、分かりたい。本当のともだちなんて存在しないのではないか。そもそも「ともだち」とは何なのだろうか。
私がこの問いを抱くようになったのは、小学五年生の道徳でつくった詩集『ともだち』がきっかけだった。開いた瞬間、胸の奥に何かが灯った。とくに担任の先生が書いた「友達になるために人は出会うんだよ」という一文は、美しい言葉であると同時に、なぜ人は友達になるのかという疑問を私の中に残した。
大学生になり、価値観の異なる二人の友人と語り合ったことで、友情の形は一つではなく、人の数だけあるのだと気づいた。こうした経験を経て、もう一度自分なりに友だちについて考え直したいと思い、その手がかりを求めて本書を手に取った。
本書は、著者・戸谷洋志が勤務する関西外国語大学で開講されている「哲学」の授業内容をベースにしている。「友情とは、自律的な個人の間で交わされる関係である――こうした伝統的な友情観に対して、別の仕方で友情を思考することは、可能なのか」。アリストテレス、カント、ニーチェ、ヴェイユ、ボーヴォワール、フーコー、マッキンタイア、七人の哲学者の友情論と、『キングダム』『HUNTER×HUNTER』『NARUTO―ナルト―』『3月のライオン』など有名な漫画の場面を取り上げながら、その問いに迫っていくのが本書の特徴である。
著者は友情を問い直すに当たり、まず伝統的な友情の定義を「自律的な個人の間で交わされる関係」だと抑える。そして、「噓と本音」「友達とわかり合うことができるか」「見返りのない友情」「女性どうしの友情」「友情と恋愛の違い」「友達への依存」などそれぞれの切り口から友情論を展開する。
著者は、「どこかに正真正銘の「本当の友情」があって、それ以外の友情はすべて偽物だなどということは、決してありえない」と、区別そのものが思い込みであると述べる。「本当の友だち」という言葉は社会が作り上げてきた固定的な価値観にすぎない。だからこそ、友情を考える前に、自分の中に潜む前提や伝統的な見方を知り、それを疑うことが大切になると感じた。この姿勢は、友情だけでなく、これから何かを考えるときの基盤にもなるだろう。
さらに著者は、友情には多様な形がありえ、私たち自身がその意味や形を自分で選び取り、丁寧にケアしていくことが必要なのだと語る。
マッキンタイアを取り上げた第七章では、友達との対話がいかに重要かが述べられている。対話を通じて私たちのアイデンティティは形づくられ、自律は他者への依存を含んで成り立つ。ゆえに、友情において対話は中心的な営みとなる。
しかし現実には、共通の話題で盛り上がっても浅い会話の往復にとどまる関係や、一人にならないためだけに誰かと一緒にいる関係が少なくない。だからこそ、目の前の一人の友達と向き合い、丁寧に対話を重ねることができれば、友達がいるのに孤独を感じたり、相手を信じられなくなる事態は減るのではないか。
友達と真正面から対話した経験のある人は、きっと多くはないだろう。学校で教わる機会が設けられていないのに、とても重要な行為だ。自分をむき出しにして語りかけたとき、目の前の友達も同じように応じてくれるなら、その関係には「本当」という言葉をつけてみても良いのかもしれない。そうした対話の積み重ねは、私たちが自分自身をより深く理解することにもつながる。
本書には様々な角度から友情を考えるきっかけがある。「友情」について考えたことのある人、漫画の友情物語に心を動かされた経験のある人、そして哲学に関心のある人に、ぜひ本書を手に取ってほしい。
書籍
| 書籍名 | 友情を哲学する |
| ISBN13 | 9784334046507 |
| ISBN10 | 4334046509 |
