読書人を全部読む!
山本貴光
第31回 科学誌を書評する
この頃の「読書人」を読んでいると、つい雑誌の記事に目が行ってしまう。第269号(1959年4月6日)の「自然科学」コーナーに「科学雑誌4月号をみる」という記事がある。書き手は筑波常治(1930―2012/29/科学評論家)。農業技術や生物学史を中心として科学評論や教育に従事した人だ。
この記事でなにより目を引かれるのは、「科学雑誌4月号をみる」と言えるほど科学雑誌があったというところ。現在でも自然科学の各方面にかんする雑誌はいろいろあるものの、日本語で科学全般を広く扱う「科学雑誌」となると、そう多くはないと思われる。すぐに思い浮かぶのは、『科学』『日経サイエンス』『Newton』あたりだが、毎月書店で出合う科学雑誌は他にあったっけ?と、あとが続かない。
記事に登場するのは『科学朝日』『科学画報』『科学の実験』『自然』『科学読売』という5誌だ。いずれも現在では発行されていないものでもあり、発行期間と版元を補足してみよう。休刊後に継続誌がある場合、それについてもカッコ内に記す。
『科學畫報』(誠文堂新光社、1923―1950;1956―1961)、『科學朝日』(朝日新聞社、1941―1996→『Scias』1996―1999→『サイアス』1999―2000)、『自然』(中央公論社、1946―1984)、『科学読賣』(1949―1966)、『科学の実験』(共立出版、1950―1979→『科学と実験』1980―1983)
同記事はこれら5誌の4月号を見比べるという趣旨である。大きく二つのポイントを論じている。一つは各誌掲載の書評について。記事は「日本人は、書評を愛好する」という印象的な一文から始まり、「そうだったのか」と思いながら続きを読むと「書評専門の新聞や雑誌が、それぞれ相当数の読者を確保しているが、それ以外のたいていの雑誌にも、かならずといっていいほど、「書評欄」がもうけられている」という見立てである。ただし、先の5誌のうち『科学朝日』と『科学画報』には書評が載っていないとのこと。
面白いのは雑誌ごとの書評や記事の傾向を分析して、同じ科学誌といっても、手を動かして工作を通じて科学を享受する「科学享受派」(朝日、画報)、「少年向理科教材」(実験)、「社会批評的視野」(自然)、「科学読物的センス」(読売)という具合にそれぞれに違いがあると指摘しているところ。こうした傾向は、各誌が書評に選ぶ本や評し方にも現れるものなので、新雑誌が創刊されたらまずは書評を見てみるとよい、とも指摘している。本の扱いにいろいろなものが映り込むという見方には同感である。
そして、こちらが本論というべきかもしれないが、同記事では各誌の内容を比べつつ評価を加えている。そこに並ぶ記事内容を見ていると、カメラや撮影、雲の分類、ソビエトの高分子化学、アメリカのミサイル生産、ネズミよけの薬、頭のよさと記憶力、被爆や肺結核と、工学や軍事、医学など、「科学」の名の下に多様なものが扱われている様子が目に入る。
昨今、科学誌の書評にお目にかかる機会がないものだから、つい目を留めたのだった。科学誌が元気だった時代のようで、ちょっとうらやましい。(やまもと・たかみつ=文筆家・ゲーム作家・東京科学大学教授)
