昭和懐古奇譚集
川奈 まり子著
九螺 ささら
本書は、郷愁を誘う物事にまつわる昭和の体験奇譚を、実話怪談の名手が聞き集め、語ったものである。死んだはずの御隠居さんが、チンドン屋の一員になっていて、目が合うと、唇に指をあてて秘密だよ、のサインを送ってきたり、病死したはずの男性が、恋人の家を訪れ電気蓄音機でレコードをかけたり……。霊たちは、今わの際で何かし残したり言い忘れたことに気付いたがゆえに、死んだ事実を超えてそれをしてしまっているように思える。
他の体験談では、娼館があった場所に若く美しい女性の霊が現れ、それが娼婦だった無縁仏であろうと推測されて弔われると、消える。本書に収められた話は、怪談でありながら、全然怖くない。むしろ、懐かしく、時に可哀そうで、すべて愛しい。本書を読んでいたら、霊はもしかするといるのかもしれないという心持ちになり、読み終えたときには、霊がこの世にいるのはデフォルトで、感受できないのは、自分の脳というデバイスのスペックが低いからだ、という確信に変わっていた。
人間社会がSNSの時代に突入してからというもの、ネット上に言葉が跋扈して、その言霊に殺られてしまうメンタルが続出している。殺っているのも殺られているのも、肉体から浮遊した霊だと思われる。これを生霊とするなら、死霊も確かにいるはずなのだ。この世ができたビッグバンのときに、物質と反物質両方の世界ができたとする説がある。我々が生きているのは、その物質世界の現在だ。物事には陰陽がありプラスマイナスがあり、その両極が一対で世界というものは構築されている。ならば、生霊がいるこの世界には、死霊もいないとおかしいのだ。死霊がいないと、影のない世界になってしまう。その影とは、日影となって、例えば灼熱地獄の日本の夏で、生者を守ってくれているのだ。
昭和時代はアナログ時代で、現在のデジタル時代のように0か1かの二択しかないのと違い、グレーゾーンが大幅にあった。虚と実など対極概念の境が曖昧で、良く言えばおおらか、悪く言うと、大雑把な時代。ゆえに、人間の感受性もレンジが広く、社会全体も異界をロックアウトしておらず、魑魅魍魎が無数に漂っていて、まだこの世での履歴の浅い暇な子供たちが、それらを頻繁に視て、興奮していたのかもしれない。私は昭和四三年生まれだが、小学生時代が正に一九七〇年代のオカルトブーム真っ只中で、それに直撃された同級生たちは、休み時間になる度、昨夜のテレビ番組で放送されたUFOや心霊写真の話やこっくりさんに興じていた。私は全然信じられなかったのだが、本書でそれらを全身全霊で信じていた子供たちの素直さを読み、反省した。私は宇宙人やUFOや心霊写真やこっくりさんにはいまだに懐疑的だが、本気でそれらを信じて友好のメッセージや念や祈りを送信していた超オープンマインドな子供たちの波動は、実は宇宙や死後世界や神に届いていて、その返信として地球は守られているのかもしれない。ただ当時の私は、自分は特異体験をした特別な人間なのだと、証明不可能なことで噓をつき優越感に浸り、特権的位置に君臨しようとする人たちが嫌で、拒絶反応を起こしていたのだ。
戦争をやめない人類に、人類は絶望した。こんな時代だから一層、人は怪談を語り、それを聞きたいのかもしれない。怪談は、肉体の檻に閉じ込められている我々を、異界へと連れていってくれる。その異界とはつまり、この世という物質の限界を超えた、豊かなイメージだけのプールなのだろう。怪談でそのプールに浸かった我々は、自身が抱えている現実問題をとりあえず一旦手放して相対化し、例えば自殺を思いとどまったりするのだ。(くら・ささら=歌人・絵本原作者)
★かわな・まりこ=作家。ルポルタージュ的手法で怪異の体験者と場所を取材し、これまでに六〇〇〇件以上の怪異体験談を蒐集。著書に『怪談屋怪談』『眠れなくなる怪談沼』『転居怪談 引っ越したら怖かった』『家怪』など。
書籍
| 書籍名 | 昭和懐古奇譚集 |
| ISBN13 | 9784305710871 |
| ISBN10 | 4305710870 |
