2026/02/13号 7面

映画時評〈2月〉(伊藤洋司)

映画時評 2月 伊藤洋司  反復は映画の語りの基本的な技法のひとつだが、ホン・サンスほどこの技法に拘る監督も珍しい。初期は理知的な枠組みのもとでの活用が目立ったが、近年はより自然な反復が繊細な彩りと深みを個々の作品に与えている。  ホン・サンスの『私たちの一日』はまさにその典型だ。映画はソウルの二か所で展開される、交わることのない一日の物語を交互に語る。二つの物語の間で、コチジャン入りのラーメンや選択を誤った手土産、上手く弾けないギターといった様々な要素が時に顕著な、また時に微細な差異を生みつつ反復される。その差異は片方の物語だけでは顕在化されない豊かさを生む。特にラーメンの反復は、二つの物語の中心人物は実は親子ではないかと想像させるが、確かなことは何も分からない。  どちらも住居に二人の人物がいて、そこに俳優志望の若者が訪れる。そしてその若者が二人の一方に向けて質問をし、若者と年上の世代の間で真摯な対話が行なわれる。これが基本となる反復だ。一方では、三人の性別と年齢は異なる。休業中で中年の女優、サンウォンが同年代で女友達のジョンスの家に一時的に滞在する。そこに、サンウォンの若い従姉妹で俳優志望のジスがやって来る。他方では、年老いた男性詩人のウィジュの自宅に、女子学生のギジュがいる。彼女は大学の卒業制作で彼に関するドキュメンタリー映画を撮影中だ。するとそこに、老詩人を敬愛する俳優志望の若い男性、ジェウォンがやって来る。  サンウォンと従姉妹のジスが真剣に対話をする十一分半の長回しが圧倒的に素晴らしい。何と言ってもサンウォンに扮するキム・ミニがいい。彼女はホン・サンスの『小川のほとりで』のラストでも忘れ難い演技をしたが、今回の長回しでは、他に類を見ない独自の境地に達している。ベランダで、ジスがサンウォンに俳優としての心構えなどを尋ねる。するとサンウォンは、「演技をするには率直であることが重要よ」と語り出す。演技とは噓をつくことだと考える人もいるが、彼女は正反対のことを説得力のある言葉で説明する。さらに、自分のしたい演技ができずに苦しみ挫折した経験を語る。ジスは涙を流し、「苦労したんだと思って」と言う。そして、二人はベランダの柵のそばに移動する。サンウォンが公園で花を見て、「大丈夫だよ」と花の声を聞いた経験を話すと、ジスは再び涙を流す。真摯なやり取りが胸を打つが、これほどのやり取りがあっても、サンウォンの心の傷が決して癒されないことも示される。俳優が演技について語る演技をするという二重構造が存在するが、ここでのキム・ミニは演技の内容と演技自体の一致をごく自然に納得させてしまう。こうした女優の存在が、近年のホン・サンスの円熟の一因となっているに違いない。  この対話はもう一方の物語では男性同士で反復される。若いジェウォンの質問はどれも重いが、詩人のウィジュは真摯に答える。「真理とは何ですか」という単刀直入な問いに対する答は、ホン・サンスの映画全体に通じるが、核心はむしろ詩人が対話を途中で切り上げ、三人で酒を楽しみだす点にある。理屈より、花や酒の喜び。やはり二段階からなるこの九分半の長回しも秀逸である。ラストで詩人は晴れやかな表情を見せるが、心の傷が癒されないことも分かる。これも反復の効果だ。  今月は他に、『ウォーフェア 戦地最前線』『射鵰英雄伝』などが面白かった。また劇場未公開だが、アレックス・パーキンソンの『ヒョウと生きる』も良かった。(いとう・ようじ=中央大学教授・フランス文学)