2025/10/10号 6面

考古学の大発見をめぐる八つの冒険

考古学の大発見をめぐる八つの冒険 マイケル・スコット著 湯山 光俊  本書は様々な媒体で精力的に考古学の魅力と意義を紹介し続けている考古学・古代史教授マイケル・スコットにより書かれたものだ。同姓同名の「アルケミストシリーズ」で知られるアイルランドの作家ではない。ナショナルジオグラフィックやヒストリーチャンネルなどの番組も手掛けており、多角的な切り口で考古学を冒険と劇的な群像劇として描く。同時に確かな学術的事実と背景洞察により、「過去を開いていくこと」を本質的に問い直している姿勢も真摯である。  本書の構成は、世界的にも有名な八つの大発見を一つづつ、発見の経緯やその顚末まで記したものになっている。ロゼッタストーン、敦煌の莫高窟、マチュピチュ、オルドヴァイの初期人類、兵馬俑、ウルブルンの世界最古の沈没船、氷の中のアルタイの王女、未だ謎多きケロス島。それぞれの大発見には、それぞれの発見者たちの生きざまが重なり、同時代の政治状態や社会構造、学問的状況まで複合的に絡み合いながら過去は開かれていくのである。そして、そのどれもが未来の考古学にとって大切な八つの指標になっていることは重要なことだ。  いくつかその例をご紹介したい。まず、第一の冒険は、ロゼッタストーンをめぐる物語だ。この石が〈成立した〉古代エジプトの時代と、この石を〈発見した〉ナポレオン時代の政治状況が呼応しており、あたかも時と時を接続する結着点のようにして、ロゼッタストーンは現れる。いずれの時代も権威の移譲により、その優位性を示すためにこの知恵の石は使われた。かつてロゼッタストーンはサイスの神殿から奪われ、ラシードで建物の資材となり、やがてナポレオンの砦補強の際に掘り起こされ、その後ヤングとシャンポリオンの解読競争をへてエジブト古代史の扉を開けた。しかし、考古学は権力の象徴や植民地主義の上に成り立つ学問であってはならない。敦煌の無数の手書き文章も、高品質のデジタルコピーですべての学者がアクセスできるようになっていくように、考古学は全ての人類に開かれる学問なのだ。  続く冒険はマチュピチュの〈発見〉である。実は〈発見〉でさえ無い。探検家ビンガムがその地に足を踏み入れる以前から、現地の人々はその存在を知っていた。既に訪れたスペイン人さえいた。元々ビンガムは、インカ帝国最後の儀礼的中心であるビトコスとその都市ビルカバンバを探していた。  マチュピチュはその手がかりでしかなかったが、やがて世間から求められるがままにビンガムの何かが変わり始めた。マチュピチュはインカ最初の都市タンプトッコと盲信し、その遺跡が詳しい調査で新しいものと判明すると、今度はインカ最後の地として「はじまりの都市を再利用した」と表明するようになった。後の研究でマチュピチュは第九代インカ皇帝のいわゆる〈保養所〉であり、皇帝の墓守りの資金を得るために住むことを許可された者たちが、王の死後も暮らし続けていたことが判明した。マチュピチュはしばしば人々の欲望がいかに歴史を作り替えてしまうかという際たる事例として記憶されている。考古学にとって〈想像力〉は両刃の剣なのである。  第七章で取り上げられたアルタイの王女と呼ばれる一体のミイラの発見は、現代のアルタイ共和国を大きく揺るがした。彼女こそは遊牧民の土地を外敵から守ったとされる英雄で、亡くなってなおアルタイの地を冥界の悪霊から守っているオチ=バラであると人々は考えたからだ。パンデミックさえ彼女が国を守ったと考える者も多かった。発見者のナタリヤ・ポロシマク博士とロシア考古学チームは、分厚い氷を少しづつ溶かしながら発掘を続け発見に至る。古代エジプトと同様の処理を遺体に施し、かつ天然の氷に守られていたため詳しい遺伝子調査を行うことができ、力の象徴である全身の刺青も詳細に確認できた。次第にその発掘状況を含め、彼女が高い地位を持つ者であることがわかる。ナタリヤ博士は古代の貴婦人の眠りを妨げたことを詫びながら、対面したという。その後、アルタイの王女を再埋葬すべきだという動きも起こったが、アルタイの博物館に収蔵されることになった。守護神を暴いたことに憤慨し、ウコク高原の発掘調査は全面禁止。さらにガスパイプライン建設がウコク高原を横切る可能性もあり、こうした地勢学的変化や気候変動も重なり過去は閉ざされていく。考古学は過去に敬意を払わねばならないと同時に、その効力ゆえに時代が考古学自身を制限することもあるのである。始皇帝陵は、今もなお墓所に仕掛けられているかもしれない盗掘者への罠の可能性も含めて依然として未発掘のままであるし、ケロス島の調査は考古学の発展とアプローチの変化によりその都度、新たな姿が立ち現れてくる。〈過去〉は未だ生きたままの状態であり、現代に直結しているのである。まさしく「それ自体が生命や意味を持つ」(284頁)。  著者は最後にこのように語る。「本書で見てきたどの発見も、過去をよりリアルかつ人間的なものにすることで、われわれと過去とのつながりを計り知れないほどに深めてきた。しかし同時に、発見はしばしば、われわれの現在の常識に挑み、われわれが理解していると思っていたことを再考させることもある。」(283頁)  常識さえ揺るがすとき、過去はいわば現在と共存している。考古学とはそういう学問なのである。(府川由美恵訳)(ゆやま・みつとし=文筆家・思想史家)  ★マイケル・スコット=イギリスのウォーリック大学西洋古典古代史教授・古代ギリシャ・ローマ史・古代のグローバル・ヒストリー。著書にAncient Worlds: An Epic History of East and West(Hutchinson,2016)など。一九八一年生。

書籍

書籍名 考古学の大発見をめぐる八つの冒険
ISBN13 9784791777136
ISBN10 4791777131