東洋史
関 智英
本年はとりわけ成果に恵まれた。まず西アジア史での堅実な成果として三点、近代に誕生したとされる同性愛概念が、イスラーム社会では前近代に芽生えつつあったとする辻大地『前近代イスラーム社会と〈同性愛〉』(九州大学出版会)、ブルガリア人民衆への暴力から軍の組織文化を明らかにした、永島育『オスマン帝国の陸軍と暴力』(山川出版社)、帝国随一の港湾都市イズミルにおける国家的な医療・衛生制度の普及過程と、共和国への連続性を明らかにした鈴木真吾『近代オスマン帝国における国家医療の誕生』(慶應義塾大学出版会)を挙げたい。
ヒンドゥー教では「不浄」と抑圧された人々によるインド独立運動に着目したのが志賀美和子『闘う「不可触民」』(有志舎)。「不可触民」の指導者がほぼ例外なく洋装であるとの指摘は目から鱗だ。
諫早庸一『ユーラシア史のなかのモンゴル帝国』(みすず書房)は、移動と環境を軸に、豊富な図表を用いて帝国の歴史を活写。帝国の発展と環境条件の関係など、おもしろく読んだ。
東南アジアでは、在地首長と王朝との関係に行政文書などから迫った吉川和希『近世ベトナムの地方支配と北部山地』(関西大学出版部)を得たほか、中臣久『ベトナム日本関係史』(日本評論社)が奈良時代から現代までを通観した。
台湾史では、これまでの研究動向を春山明哲ほか編『台湾の歴史大全』(藤原書店)が集大成。後学への偉大な羅針盤となるだろう。
近代東アジアでは、一九世紀末~人民共和国までの農家経営から満洲を分析した菅野智博『満洲の農村社会』(慶應義塾大学出版会)と、産婆や胎教といった女性を取り巻く世界に注目した扈素妍『植民地朝鮮と「出産の場」』(慶應義塾大学出版会)を興味深く読む。
中国史では、柿沼陽平『古代中国の裏社会』(平凡社新書)が、不法行為にあふれていた社会の実態を、任侠のボス郭解を軸に分かりやすく描き、大櫛敦弘『秦漢統一国家体制の研究』(汲古書院)が、統一国家の形成過程を、支配・統一する側と、される側との関係から検討した。また「中華」の変容に遊牧民が深く関わっていたことは、松下憲一『中華とは何か』(ちくま新書)が明快に説いた。
君主独裁とされる宋代で、宰相が長期にわたって中央政治を壟断した事情に注目した小林晃『南宋政治史論』(汲古書院)は、その背景に、対外政策決定の主導権を一元化させようとする傾向の存在を指摘した。この他、唐代末から明代までを、農業・農民の視点から読み解いた大澤正昭『大地からの中国史』(東方選書)も大切な成果。
硬軟選ばず大活躍の岡本隆司は、東洋史のベースたる正史の全容を『二十四史』(中公新書)にまとめたほか、『塩政・関税・国家』(名古屋大学出版会)で塩取引の統制と流通課税から清末中国を描いた。この他、清末の大官、張之洞の手になる科挙の指南書『輶軒語』(深澤一幸訳注、平凡社)と、近代の中国知識人に大きな影響を与えた『厳復 天演論』(坂元ひろ子・高柳信夫監訳、岩波文庫)が手軽に読めるようになったことも喜びたい。
近現代では、竹元規人『史学の近代中国』(法藏館)が一九三〇年代前後に専門化・制度化が進展した新史学の様相を、顧頡剛・傅斯年・胡適に焦点を当てて描き、鹿錫俊『日中全面戦争に至る中国の選択1933―1937』(東京大学出版会)は、国民政府が日ソの相互牽制を図りつつ、「抗日」と「防共」という複合的な課題に対処した様を明らかにした。また今井就稔『日中戦争期上海資本家の研究』(汲古書院)は、経済史に社会史的観点を織り交ぜながら戦時期を生き抜いた経営者の労苦に迫った。
隆盛を見せる中国共産党史では、江田憲治『中国革命論における民主主義と社会主義』(柘植書房新社)が一九四〇年代までの指導層の言説の分析から「毛沢東中心史観」を相対化。文化大革命を検討した高橋伸夫『構想なき革命』(慶應義塾大学出版会)は、毛が文革に際し具体的な将来像を持っていなかったことから、文革回避の可能性についても言及した。また中央と地方を仲介し、多くの政治事件でパワーバランスを取ってきた中央局については、黄喜佳『中国共産党中央局の研究』(東京大学出版会)が実態に迫った。
さて、こうした中国の行く末を近代史の知見と絡ませて論じたのが村田雄二郎『現代中国という問い』(晃洋書房)。一九二四年の溥儀追放をもって辛亥革命の終焉とするといった視点の妙に加え、「目前の堅固で安定した「中国」のかたちは、近く大いに変わる」との予言に震えた。(せき・ともひで=津田塾大学教授・中国近現代史)
