ジェンダー化される脳
ジーナ・リッポン著
青野 篤子
本書の特徴を一言でいえば、「ジェンダー」を媒介させて「脳科学」と「心理学」の橋渡しをしてくれる本である。よって、心理学・脳科学・ジェンダーの研究者には必読の書だと言える。
心理学は個人差と集団間の差を発見する学問として発展したが、とくに性差には関心がもたれた。女性と男性は、見てくれの違いから能力や性格も異なるものとしてとらえられてきた。人間の発達は遺伝と環境の相互作用で決まるという考え方が一般的になってきたにもかかわらず、なぜか、性差に関しては、生まれつきの要因が大きく、動かしがたいものとみられてきた。そして、脳科学の進展とともに、人がおかれた環境の影響を探求する代わりに、脳の男女差に結び付ける傾向が顕著になってきた〔注〕。その典型例が、女性は言語能力・男性は空間能力で勝るというもので、これらは経験や環境によって変わるにもかかわらず、左右の脳の働きや脳梁の太さの違いに結びつけられた。近年、メタ分析によって性差がきわめて小さく、変動することがわかってきたにもかかわらず、である。13章にはこういった心理学と脳科学の俗説がまとめてある。
本書を読んで感じたのは、脳科学者も、心理学者が見つけた性差を裏付けようとしているということである。その意味で、心理学と脳科学は共犯関係にあるのではないだろうか。著者は、脳科学の分野でも性差のステレオタイプに基づく研究計画や解釈が行われていること(ニューロセクシズム)を批判している。
著者は、脳についての性差の神話は モグラ叩きのようなものだと述べている。脳科学の進歩は軌道修正されるどころか、誤った方向に展開しているというのである。本書により脳科学の歴史をたどると、19世紀半ばに脳損傷の研究から局在説が広まり(ブロカ中枢など)、19世紀終わりには男性を基準に女性の劣等性が強調され、20世紀になると、脳波、ポジトロン撮影法などにより正常な脳の測定が行われるようになり、20世紀の終わりにfMRI(機能的磁気共鳴画像法)が開発された。これは画期的だったが、色分けされた脳地図により「脳がわかる」ような錯覚を与えた(著者によると、このような色分けはかなり恣意的とのこと)。
技術の進歩で、より複雑で緻密な知見が得られるようになったが、それらがメディアで喧伝される「ニューロハイプ」と商業主義に利用される「ニューロトラッシュ」の波が、固定観念を消し去るどころか、むしろ維持することに貢献したと、著者は嘆く。
微細に脳を研究しても(あるいはするほど)、確たる性差は見つからないというのが著者の結論のようだ。女性か男性かというだけではなく、「脳が存在するジェンダー化された世界をも見なければいけない」と説く。
最後に、性差研究で留意すべきことを2つあげておきたい。まず、著者が覚書として書いているように、生物学的性(sex)とジェンダー(gender)が混同されるために、genderの社会構築性が軽視されがちになっているということである。これらを区別することで、社会的につくられた性差を浮き彫りにすることができるのではないか。また、インターセックスの例のように、生物学的性(sex)は男女二分法ではとらえられないということである。第二に、科学・学問は価値中立ではありえないということを指摘したい。性差があるという前提で研究を行うとアルファバイアス(差を過大評価)、性差はないという前提に立つとベータバイアス(差を過小評価)に陥りやすい。
いったい科学の進歩とはどのようなことをいうのだろうか。さまざまな技術や機器によって脳の奥深くまで、そして微細な働きまでとらえることができるようになったとしても、一部、それどころかおよそ人類の半分を占める「女性」「男性」に不利益をもたらすものであってはいけないはずである。(大隅典子監訳・飯原裕美訳)(あおの・あつこ=福山大学名誉教授・心理学)
〔注〕青野篤子(2022)「心理学とジェンダー・ステレオタイプ」青野篤子・土肥伊都子・森永康子著『新版ジェンダーの心理学』ミネルヴァ書房pp.133-158.
★ジーナ・リッポン=イギリスの神経科学者。アストン大学名誉教授。脳画像技術を用いて神経発達症の研究に取り組む。欧州連合ジェンダー平等ネットワークの一員としても活躍。
書籍
| 書籍名 | ジェンダー化される脳 |
| ISBN13 | 9784336078469 |
| ISBN10 | 4336078467 |
