酒井杏郎出版記念集会レポート
6月6日(土)、専修大学神田校舎1号館101教室にて、「酒井杏郎出版記念集会 10・8羽田から日大闘争へ」が開かれた。酒井杏郎編著『代島治彦の奇妙な謝罪10・8羽田の歪曲を許さない』(情況出版)の出版を記念した集会で、学生運動経験者を中心に80人ほどが参加した。午後1時から始まった集会は、登壇者の熱のこもった演説の数々により、予定を延長して6時30分頃まで続いた。
編者の酒井杏郎氏は1946年広島生まれ。日大全共闘副議長・法学部闘争委員会委員長として日大闘争を牽引した。「今回の集会は、当時の運動を総括する一大イベントとして企画しました」と意気込みを語る。「今日は全共闘運動に関していかに代島がでたらめを言っているか、改めて訴えたいと思います」。
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イスラエルに対する非暴力デモを捉えた短編映画「車いすのジョディ」をプロローグとして放映した後、第Ⅰ部が始まった。劈頭を飾ったのは「10・8羽田から日大闘争へ」と称する、酒井杏郎氏の講演である。酒井氏は、映画監督の代島治彦氏が、著書『きみが死んだあとで』(晶文社)や映画『ゲバルトの杜~彼は早稲田で死んだ~』で、事実に反する発信をしたことを強い言葉で糾弾した。
1967年の第一次羽田闘争で死亡した山﨑博昭氏は、警察の発表では学生が奪取した装甲車に轢き殺されたとされている。しかし酒井氏は、山﨑氏が「橋の欄干によりかかって手をだらっと下に落とし、足を投げ出していて、機動隊が来て頭の左側を叩いているのを見た」という。その橋は、山﨑氏が発見されたとされる現場からは大きく隔たった地点にある。また、氏は装甲車を「エンジンがかかったらすぐ日和って降りている」。これらを代島氏に証言したのだが、彼は酒井氏が語ってもいない「もしかしたら、自分が乗った装甲車が山﨑を轢いたのかもしれないと考えるとぞっとした」という架空の発言を、あたかも事実であるかのように記したというのが酒井氏の主張だ。
酒井氏が代島氏の噓を追及すると、彼は虚偽を認めて謝罪し、全面的に書き直したものを作成して酒井氏に送付した。だが、ある時を境に全面的に態度を豹変させ、事実の歪曲を否定するに至ったと酒井氏は語る。こうした所業への抗議として、『代島治彦の奇妙な謝罪』出版は企画されたのだった。そのほか、酒井氏の人生史や日大闘争の特異性など、様々なエピソードが披露された。
次いで指名発言として、青山学院大学元全共闘議長、立正大学元全共闘議長、日大930の会の代表者、菅孝之氏(体調不良につきメッセージ代読)、小松美彦氏の五人がスピーチを行った。
続く企画として、現役の大学院生で学生運動当事者の唐井梓氏に、一般社団法人みをつくし代表理事の松田舞氏がインタビューを行った。唐井氏は、未だ語りつくされていない全共闘の記憶をいかに継承するかということに、今後の社会変革の背骨としての役割を認める。その上で、現代の運動においては、「様々な当事者性を持った人たちが、互いの痛みや問題意識をリスペクトし合い、連帯の糸を縦横斜めに張り巡らせて、面として包み込んでいく可能性がある」と語った。また、同じく若年世代を代表して、日本大学四年生の高橋氏と、三年生の小林氏による演説が行われた。
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第Ⅱ部では、早稲田大学名誉教授の高橋順一氏と、立命館大学大学院教授の酒井隆史氏によるトークイベントが行われた。二人はかつて、教員と学生という立場の違いを超えて協力関係にあった間柄。聴衆の思考を触発する議論を展開した。
酒井隆史氏は、代島治彦氏の『ゲバルトの杜』は典型的な歴史修正主義の表れだと批判したうえで、「歴史修正主義」の歴史的文脈について論ずる。元々は、フランス革命や1968年の学生闘争を「テロルに繫がる無意味な闘争だった」と解釈する言説を指していたという。しかし、旧来の左派がリベラル/ネオリベラル化して社会主義を放棄する過程で、かつて正当化されていた実力闘争がおしなべて暴力とみなされるようになり、議論の焦点が30年戦争とナチスに限局されるようになった。同時に、資本主義に対するオルタナティブは存在せず改良主義しか道はない、とする言説が蔓延し、アイデンティティ・ポリティクスが全盛となるに至ったとする。
酒井氏は、為すべきことについて、現実の危機を甘く見積もらないこと、国際連帯を志向すること、組織構築の知恵を前世代から次世代に継承すること、左派の体制を権威主義からアナキズムをベースとした組織へと転換させること、オルタナティブな言説空間の再構築の5つを提案する。
そして氏によると、日本で闘争の文化・方略が継承されないのは今に始まったことではない。全共闘の時代から既に、前世代の歴史を十分に継承していなかった。この状況を立て直すために打ち出されるのは、討議の活発化と当事者性の獲得である。自らの切実な問題を、NY市長のマムダニ氏がするように、他者と顔を合わせて対話することが重要だと酒井氏は語る。自他の最も弱いところに焦点を当てて対話し、差異を道徳によって裁断することなく、多様性を絶対に尊重せねばならないと訴えた。
一方の高橋氏は、21世紀において、前世紀に解決しておかなければならなかった問題が積み残され、増幅する形で破局的な状況が深刻化していると憂慮を示す。新自由主義的な資本主義が世界を席巻するなかで、国家と資本が癒着し、支配の効率化と生活世界の抑圧が進行してきた。藤原辰史『食権力の現代史』(人文書院)は、かつてナチスが行った生と死の選別が、大戦以降の世界においても脈々と継承されていることを暴いた。そして高橋氏によると、国家―資本の膨張と生と死の選別が、歴史修正主義の「不可視化」する作用によって見えなくさせられているのだという。
それに対抗するために氏が強調するのはラディカリズムの重要性である。かつて「社会民主主義派」と呼ばれていた左派は、冷戦終焉後に新自由主義化する市場経済への接近を強めたことによって失敗したという。市場への妥協と屈服を繰り返してきた左派に、元来のラディカリズムを取り戻すべきだと説いた。
質疑応答においては、『代島治彦の奇妙な謝罪』の版元である情況出版に対して、その新ポピュリズム的傾向と反トランスジェンダー言説に抗議する一幕も見られた。その後、花崎政之輔氏、水谷氏が発言を行った。最後に古賀暹氏が、戦後民主主義の状況について演説し、会は閉じられた。
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