虫と日本人
保科 英人著
中尾 暁
現代の日本において、虫は国民的な愛好の対象とは言いがたいだろう。専門店以外で虫が売られているのを見かけることはあまりないし、猫や犬に比べると虫を飼っている人も少ない。だが戦前の日本では、虫は今よりもはるかに身近な存在だったようで、とりわけスズムシやマツムシをはじめとする「鳴く虫」やホタルの人気が高かったのだという。本書はそれらの虫を中心に、近代日本の虫愛好文化とは一体どのようなものだったのかを多面的に分析している。
本書の最大の特徴は、主要な史料として膨大な数の地方紙を丹念に調査していることである。これによって、都会における消費の場面だけではなく、産地での捕獲やそこからの流通過程も含めて、虫愛好文化がどのようなネットワークの上に成り立っていたのかを俯瞰的に示すことができている。第1章には、地方紙の虫関連記事を調査した具体的方法とその苦労が綴られており、類似の方法で歴史研究をしたい人にとっては大いに参考になるだろう。
第2章は鳴く虫に焦点を当て、それを販売していた商売の実態を解き明かしている。なかでも、「虫売り」「虫問屋」「虫養殖業者」「採集人」など、それぞれの仕事に関する記述が興味深い。
本書の白眉といえる第3章は、今ではすっかり忘れ去られた空前のホタル・ブームを描き出している。本章によれば、明治期から昭和初期の日本では、町中の屋台でホタルが売られていただけでなく、百貨店や呉服店ではホタルが景品として配布され、旅館や料亭では観賞用に大量のホタルが放されていた。各地の公園では「蛍狩り」が盛んに開催されており、これは一度に数千匹以上ものホタルを放ち、押し寄せた人々がそれを追いかけ回すような騒がしい催しだったという。こうして消費された膨大な数のホタルは、地方の産地で捕獲され、鉄道で輸送されてきたものだった。当然、多くの産地でホタルは激減することになり、現地の人々が保護活動を展開したり、ときには他の産地のホタルを取り寄せて地元に放したりしていたという。大量消費のきっかけが日露戦争であったこと、仕掛けていたのが鉄道会社であったことなど、著者が地道な調査から導き出した結論の数々は驚きに満ちている。
第4章から第6章では、軍人や兵士、大名や皇族などの虫に関わるエピソードが多数紹介されており、当時の昆虫観を理解する手助けになる。また、著者の関心は虫に関わる文学表現や、有名人たちの人柄にも向けられている。
第7章は台湾や樺太、朝鮮や満州などに視野を広げ、植民地と内地の間で大量の虫が輸送されていたことを明らかにしている。この章は、実質的に第2章および第3章の続きとして読むことができるだろう。
カジカガエルを扱っている第8章は気になるところである。明らかに、カエルは昆虫ではない。しかし著者は、近代日本においてカエルは文化的には虫として扱われていた面があるという。実際、この章を読み進めていくと、鳴く虫やホタルを愛好する文化と多くの共通点があったことがわかる。最後の第9章では、以上の章に収まらなかったさまざまな虫の話題が紹介されている。
著者は本書のなかで、当時の虫の扱い方は現代の保全生態学の観点からすれば大変な問題だということを繰り返し指摘している。乱獲はもちろんのこととして、遠方から運んできた虫を放すことも、遺伝的撹乱を引き起こし種や地域個体群の存続を脅かしてしまうからである。歴史家としては、近代日本の虫愛好文化が日本やその植民地における虫の分布や生態系にどのような変化をもたらしたのかという、環境史的な問題も気になってくる。
本書に描き出されているのは、虫の世界を大いにかき乱しながら虫と深く関わった近代日本の人々の姿だといえる。彼らは、自分たちの営為が自然のもともとのあり方を変えてしまうという問題について、現代人のようには深刻に受け止めずに済んでいた。現代では虫の世界も人間の保護対象となり、介入には一定の慎みが求められるようになったが、その一方で、本書で論じられている時代の人々に比べれば、虫に対する関心も虫との関わりも薄くなったように思われる。本書を読んだ昆虫愛好者は、どちらの文化のあり方により魅力を感じるのだろうか。(なかお・ぎょう=広島大学大学院人間社会科学研究科研究員・科学史)
★ほしな・ひでと=福井大学教育学部教授・昆虫分類学。著書に『近代華族動物学者列伝』など。一九七二年生。
書籍
| 書籍名 | 虫と日本人 |
| ISBN13 | 9784838234318 |
| ISBN10 | 4838234317 |
