2025/03/07号 6面

フェミニスト・ファイブ

フェミニスト・ファイブ レタ・ホング・フィンチャー著 橋本 恭子  アジアのフェミニズムを研究している知人から、「中国のフェミニズムは面白い」とかねてから聞かされてはいたものの、正直、何がどう面白いのかいまひとつピンときていなかった。ところが、本書を読んでようやくわかったのだ。中国のフェミニズムは確かに「面白い!」  では、何がどう面白いのかというと、女性の権利に目覚め、伝統的な男尊女卑社会を根底から変えていこうとする若きフェミニストと彼女らに苛烈な弾圧を加える中国政府との激しい攻防戦の中で、彼女らが「精衛顚海」という四字熟語そのままに、不屈の精神を貫こうとしている点だ。本書は、その闘いの道のりを2015年の国際女性デー直前に逮捕された5人の女性、「フェミニスト・ファイブ」の紹介から始め、2018年4月に至るまで、歴史的な観点も交えて生き生きと描き出している。  実は、「中国のフェミニズムは面白い」と言われてピンとこなかったのは、中国共産党がもともと男女平等を標榜していた上、世界経済フォーラムが毎年発表するジェンダーギャップ指数の順位が日本よりも上位にあるからだ。それゆえ、まさかここまで熾烈な闘いが繰り広げられているとは思いもしなかったのだ。  実際、中国では20世紀初頭や五四運動期、共産党政権初期に「男女平等」や「女性解放」が標榜されていた。だが、男性革命家たちのいう「女性解放」とは中国の近代化と強国化を図るための手段にすぎず、共産党もプロレタリア革命成功の宣伝にそれを利用しただけで、今に至るまで党のトップエリート集団には一人の女性も入っていないという。加えて、改革開放後は国家主導で行われていた性差別のない雇用システムが廃止され、ジェンダー格差は広がるばかり。就職差別は横行し、定年の年齢は女性の方が10歳も若く、解雇されるのも女性という。さらに近年、経済発展にかげりが見え、少子化問題も深刻化すると、習近平政権は伝統的な家族観を国家安定の基礎に据え、中産階級の高等教育を受けた女性たちに早く結婚して優秀な子を産めとプレッシャーをかけるようになった。  そんな結婚奨励政策のターゲットになったのが、まさにフェミニスト・ファイブの世代なのだ。彼女らは2010年前後から女性の権利に目覚めて声を上げ始めるのだが、それはおりしも、微博やウィーチャットといったSNSが誕生した時期でもあり、彼女らの動きは新たなプラットフォームを舞台に燎原の火のように広がった。だがそれは、習近平がトップに着いた時期とも重なり、彼女らのアカウントはやがて次々と閉鎖に追い込まれてしまう。  ではなぜ中国政府は新世代フェミニストにかくも苛烈な迫害を加えるのか。裏を返せば、それは彼女らを恐れている証左だという。なぜなら、女性たちの運動は下手をすると天の半分を支える人口を巻き込んで、大規模化しかねないからだ。かつて劉暁波ら男性人権活動家の運動が大衆の共感を得られなかったのに対し、無名のフェミニストの運動は女性ばかりか、男性主体で行われてきた他の社会運動にも影響を与え始め、より強力な抗議集団になりかねないという。共産党が恐れているのは、その点なのだ。1949年の革命成功の要因は、共産党のエリート知識層と農民、労働者の連帯にあった。現在、すでに中産階級と労働者階級の女性たちの間に連帯が生まれている以上、新世代フェミニストの運動が共産党にとって国の根幹を揺るがしかねない脅威となるのはある意味当然のことだろう。  だが、彼女らは政府の転覆は求めないという。なぜなら、中国という国は易姓革命を繰り返しながらも、一家の大黒柱に支配された一つの堅固な家族=父権制国家という点では一貫しているからだ。そうである以上、彼女らにとって、敵はもはや共産党ではなく、父権制そのものなのである。かくも壮大なビジョンの下に進められる未曾有の闘いが面白くないわけがない。  一つ残念なのは、かつて中国の革命家が国外に活動の拠点を求めた際、日本は重要な拠点の一つだったが、現在、中国人フェミニストは日本より進歩的な台湾を選ぶという。私たち日本の読者はこの点を重く受け止めねばならない。  著者のレタ・ホング・フィンチャーは中国人とアメリカ人のミックスルーツのジャーナリスト、フェミニスト。宮崎真紀の訳文は滑らかで読みやすく、2018年以降の状況を知りたい読者には阿古智子の「解説」が役に立つ。(宮﨑真紀訳/阿古智子解説)(はしもと・きょうこ=日本社会事業大学非常勤講師・台湾文学・比較文学研究)  ★レタ・ホング・フィンチャー=アメリカのジャーナリスト・フェミニスト・作家。コロンビア大学ウェザーヘッド東アジア研究所の研究員。中国についての報道に寄与したとして、シグマ・デルタ・カイ賞を受賞している。『ニューヨーク・タイムズ』『ワシントン・ポスト』『ガーディアン』など各紙に寄稿。

書籍

書籍名 フェミニスト・ファイブ
ISBN13 9784865284485
ISBN10 4865284486