2026/05/29号 8面

滅びゆく惑星で 4(増田俊也)

滅びゆく惑星で 第4回 増田俊也  漫画家の板垣恵介さんと電話で話しているとき、同じことを考えていることに気づいて驚くことがたびたびある。  たとえばスーパーモデルのケイト・モスのこと。パパラッチに撮影されたヨット上の写真である。ビキニの下だけを身につけて、上は乳房が露わになっている。「それ俺も見たことがある」「僕も見たことがあります」と二人で興奮して話した。しかし性的に興奮したのではない。二人が同じところに気づいていたことに興奮したのだ。「やっぱりそうだろ」「ええ。僕もそう思っていました」  何に気づいていたかというと、スーパーモデルにもオンとオフがあるということだ。雑誌の表紙やランウェイで見るあの彫刻のような体は、彼女たちの常態ではない。ヨットの上で寛ぐ彼女の体は大きく弛んでおり、皮下に結構な量の脂肪が見える。これがオフの体である。撮影が決まれば、彼女たちは数週間あるいは数カ月かけてその体を絞り、削り、磨き上げて、私たちが知っている「ケイト・モス」を作り上げてきた。数億円あるいは数十億円規模の仕事である。当然といえば当然だが、彼女たちのプロ意識を、その弛んだ身体から想像してしまう。漫画家と小説家だから、いい悪いは別にして、やはり普通の人とは見ている場所が違う。ケイト・モスの写真を見て、乳房ではなくその脇や腹のだぶつき、そしてその背景に思いがいく。  板垣さんと私が意識しているのは、共に興味を持っているボディビルダーたちのオンオフである。彼らはオフシーズンには、とにかく食べる。贅肉もついて、腹などは脂肪でだぶつくほどになる。一般人が見れば「ただの太った人」にしか見えない時期がある。それがオンシーズンが近づくと、食事管理とトレーニングで身体を絞ってくる。本番の舞台に立つときには、血管が浮き上がり、皮膚が紙のように薄くなる。  オフの体があってこそ、オンの体がある。これは絶対の理である。常時オンを保とうとすれば体は壊れる。だから年中オンではいられない。プロほどこのオフをきちんと取る。弛むことを恐れない。だからこそ本番で凄まじいものが立ち上がる。板垣さんと私が惹かれるのは、彼女たちのプロ根性である。ボクシングをやっていた板垣さんも柔道をやっていた私も、自分の身体を作るのが易くないことを充分に知っている。楽しげに見えるモデルの世界にスポーツ界と違わぬ自己管理と修練があることを知って感動したのだ。  ランウェイに出てきたとき、あるいは『VOGUE』の表紙を飾るところだけ見ていても彼女たちの本質には近づけない。彼女たちはトップ同士で鎬を削るプロフェッショナルなのである。オンのときだけ見て、ただの美のアイコンとして捉えるのは危険なことだ。(ますだ・としなり=小説家)