桜木紫乃インタビュー
<フィクションでしか書きえない本当>
『異常に非ず』(新潮社)刊行を機に
昭和五四年(一九七九年)一月二六日、大阪市の三菱銀行北畠支店にひとりの男が侵入した。つば付き帽子にサングラス、白マスクをつけ、ネクタイをゆるめたワイシャツに上着を引っかけた梅川昭美(三〇歳)。猟銃で警官と行員四人を殺害し、銀行に立てこもった彼は四二時間に及ぶ籠城の末、機動隊の特殊部隊によって射殺された。昭和の事件の中でも最も凄惨といわれる「三菱銀行人質事件」である。
作家の桜木紫乃さんの最新作『異常に非ず』(新潮社)は、この事件をモデルにした長編小説。昭和五四年一月、大阪の阪央銀行に立てこもった花川清史は、香川からヘリで駆け付けた母の説得を拒絶、その後に射殺された。三〇年の生涯のうちで五人の命を奪った男の人生を、母親、交際相手、新聞記者の視点から描く本書の刊行を機に、桜木さんにお話を伺った。(編集部)
――本書を読んで、最初にお伺いしたいと思ったことがあります。桜木さんは、今作のモチーフとなった「三菱銀行人質事件」が発生した時(一九七九年一月二六日)の記憶はございますか。
桜木 あります。私は当時、一三歳でした。事件発生が金曜日で、そこから犯人の梅川が射殺された日曜までずっと、「まだ終わらない」「まだ立てこもっている」と、どのテレビのチャンネルでも報道されていました。また、現在は三菱銀行人質事件と言われていますが、当時は「梅川事件」と呼ばれていたと記憶しています。
――警官と行員四人の命を猟銃で奪った梅川昭美は、約三〇名を人質に銀行内に立てこもり、負傷した男子行員の耳を同僚に削がせ、女子行員を裸にしてバリケードに、借金の返済とビーフステーキや高級ワインの差し入れを要求しました。そして、立てこもりから約四二時間後に銀行に突入した機動隊によって射殺され、その生涯を閉じる。この事件をモデルに、長編小説を書こうと思ったきっかけをお尋ねします。
桜木 私には文章の「師匠」と呼んでいるジャーナリストがいます。元毎日新聞記者の近藤勝重さんです。『異常に非ず』は、師匠との思い出話が出発点となっています。近藤さんとは『ホテルローヤル』で直木賞を受賞した後に対談したのがご縁で知り合い、よく夜中まで長電話をしていました。
本当にいろんな話を聞かせてもらった中で、特に私が好きだったのが毎日新聞大阪社会部――「大毎」と言うそうです――の事件記者時代の話です。約四〇年の記者人生で近藤さんは、グリコ森永事件や豊田商事事件をはじめ、昭和に世間を騒がせた出来事を多く追っていました。三菱銀行人質事件も、そのひとつです。先ほど言った通り、私も事件のことは覚えていたし、事件をモデルにした映画『TATOO[刺青]あり』(一九八二年)も観ています。それでも、事件発生の一報を受けて現場に飛んで行った近藤さんから聞くお話は、スピード感や臨場感がありました。
現場の話や、梅川のことを追ったルポ毎日新聞社会部編『破滅 梅川昭美の三十年』を執筆した経緯……たくさんのことを聞きましたが、この事件について話す時、近藤さんは必ず最後にこう言っていました。「あの親子の見栄っちゅうんは何やったんやろうなあ」。梅川の母親は事件発生の翌日、銀行に立てこもる息子を説得するために、大阪府警が手配したヘリで現場に来ました。ただ、ヘリに乗る前に美容室で二時間、髪をセットしていたそうです。梅川本人もまた、事件直前にパーマをかけていた。近藤さんは三菱銀行人質事件を振り返る度に、母親の気持ちを考えていました。当初は私も首を傾げるだけだったのですが、近藤さんと話し込むうち、だんだんと情景が浮かんでくるようになったんですね。そこで「この母親のこと、フィクションで書いたらわかるかもしれない」と言った。すると近藤さんは、「書いてくれ。楽しみにしてるで」と仰いました。
――それはいつ頃のことだったのでしょうか。
桜木 書こうと決めて数年経って、近藤さんに『破滅』の単行本を送ってもらったのが二〇二〇年です。私は年に一作しか長編を書けないのでずっと、「いつになったら書くんや」「はよ書いてくれや」と言われ続けていて……。
本当に何年も何年も待たせて、ようやく取材に取り掛かろうとした矢先、近藤さんの訃報が入りました。二〇二四年五月、取材のために私が大阪に到着した翌日のことです。その時はもう、悲しみより怒りの気持ちが強かった。「早う書かんとおらんようになってしまうで」と近藤さんは冗談っぽく言ってはいたけれど、まさか今日から取材という時に、本当にいなくなるなんて思いもしませんでした。
結局、近藤さんに伝えることができたのは、『週刊新潮』で連載することと、『異常に非ず』というタイトルのみになってしまいました。そのことをお知らせした時は、「ええタイトルやな」と喜んでくれたんですけどね。正直、今もまだ亡くなった気はしないんです。
――本作は、花川清史の母親である花川カヨ、事件前に清史と交際関係にあった時任亜紀、そして大阪の毎報新聞社会部の遊軍記者である海原将志の三人の視点で、時代が移り変わりながら進んでいく長編です。将志の上司で社会部デスクの記者である近藤勝也が、事件解決後に明らかになった清史の最後の言葉――「オレは精神異常やない。道徳と善悪をわきまえんだけや」――に疑問を持ち、彼の三〇年を追う連載を立ち上げる。この近藤勝也のモデルとなっているのが、近藤勝重さんですね。
桜木 近藤さんが亡くなって二日後くらいに、将志の上司の名を「近藤」に決めました。作中通り、みんなから「コンちゃん」と呼ばれていて、伝わる文章とは何かを非常に大切にする記者でした。小説もジャーナリストとして読む人で、伝わる文章の書き方についてよく言っていた。「文章が上手い作家を見つけて繰り返し読むとええで」と話す近藤さんが好きだった作家が吉行淳之介で、そのエピソードは本作でも取り入れています。「ええで、ヨシユキは」と、作中そのままのことを言っていましたね。
――事件が起きたのは、今から四七年前です。関係者に直接会うことも難しく、近藤さんも取材に入る前に亡くなられてしまった。そういった中で、どのように物語を書いていったのでしょうか。
桜木 実は、大毎社会部の現役の記者さんが「近藤さんが亡くなられてお困りでしょう」と、当時の社会部記者がたくさん登場する「大毎社会部100年史」を送ってくれました。昭和の大毎社会部の雰囲気が少しでも伝われば、とのことでした。でも、これが本当に面白くて。事件記者の気骨が書かれていて、近藤さんのお話とはまた違う角度から、ジャーナリストの日常をのぞき見できたんです。
いつも思うのは、人の数だけ真実はあり、誰も本当のことは語らないし、語れないものだということです。本人が言いたくないことを探し出して、そこを砕いてゆくのが小説だと思っています。近藤師匠とそんな話をしている時間が好きでした。
――花川清史はなぜ、あんな事件を起こしたのか。たとえ本人に話を聞くことができても、心の奥底の確かなことは分かりません。けれど本作は、本当はこうだったのではないかと思わせる力を持つ物語です。最後に「虚実の皮膜とはこういうことやなあ」という一節が登場しますが、これは本書にも通じるように感じました。
桜木 フィクションでしか書きえないことがあると、いつも思っています。小説は現実から逸脱したところから、あらゆる可能性に迫っていく。事実でないからこそ、見えてくる本当があると思うんです。
『異常に非ず』はフィクションなので、想像で書いています。でも、実際にあったことをモデルにした小説を書く場合、小説とは言いつつ書き手にとっては事件に対する自分なりの仮説になっているんです。
――特定の人物による一人称語りではなく、カヨ、亜紀、将志、三人の視点から花川清史の人生を描いたのはなぜでしょうか。
桜木 戦前から昭和中期まで時代を動かしつつ、事件背景を多角的に見るには、私の筆だと複数の視点が必要でした。何かが起きた時、片側だけから見るといいことがない。母親、交際相手、記者という異なる視点がなければ事件に迫れなかったし、そうしなければカヨが語り出さなかったとも思います。
カヨはいわばこの物語の本当の主人公ですが、ずいぶん口の重たい人でした。これだけの色濃いメンバーによる場面の積み重ねがないと、花川カヨという母親は語り出さなかった。でも、物語の中心にいる人にはできるだけ口が重たくあってほしいと思ってもいます。
――母親が息子の説得前に「美容室で髪をセットしていた」ということを知った時、最初は本人の見栄のためだと予想していました。でも、本書を読むうち……特に、カヨと交流を重ね、まるで本物の母子のような関係を築いていった亜紀の言葉を目にした時、本人の見栄のためではないと思い直しました。カヨと清史、カヨと亜紀――本作で描かれる母と子の関係は、非常に複雑です。
桜木 今回、私が一番知りたかったのは母親であるカヨのことでした。なぜ、人質を取って銀行に立てこもっている息子を説得するのに、彼女は美容室に行ったのか。母親の気持ちを知りたいというのが、本作を書いた動機のひとつです。
私はプロットを立てられないので、書く前には何も見えていません。編集者さんからすると嫌な書き手で、今作も「プロットはタイトルです」なんて言って、書かせてもらったんです。だから、登場人物が気づいた瞬間に、私自身も同時に納得することが多い。たとえばカヨが美容室に行った真意は、作中で亜紀が語った時に私も腑に落ちました。亜紀が言う通り、カヨは本当に、ただただ、息子に恥をかかせたくなかった。この一点に尽きると思えたんです。
どんな母親だって、犯罪者を産みたい、育てたいなどとは思っていない。現代でも、通り魔殺人や無差別殺人が起きると、「むしゃくしゃしてやった」「誰でもよかった。自分も死のうと思った」といった犯行動機が明かされますが、そういう動機を聞いて心を痛めない母親はいるのか、ずっと気になっていました。
私も、息子と娘がいる母親です。自分の子どもがいつどこで、追い詰められるかは分からない。社会で理不尽な目にあったり、学校で嫌な目にあって、ずっと我慢していたものが爆発した時、私はそれを「知らなかった」で済ますことはできるのかなと。そう考えると、本作は私自身の子育て時期をふり返る時間でもありました。子育てをしているお母さんは毎日、自分の想像力と戦っています。母親がイライラして見えるのは、こうだったらどうしよう、ああだったらどうしようと、常に想像して緊張しているからじゃないのかなと。
――カヨは自分が丙午生まれだからと何度も述べているけれど、清史が事件を起こした理由を時代や環境、社会的な背景、母親や交際相手など、何か一つに求めることはできません。どこかで何かがひとつでも変わっていれば、あの事件を止められたのかというと、おそらくそうではなかった。すべての積み重ねのうえで起きた事件だったのだろうと、本作を読んで思いました。
桜木 三〇年の生涯で五人を殺し、たとえ生きて捕まったとしても死刑は免れなかった事件でした。でも、カヨと清史、この親子をいったい誰が裁けるのか。司法が裁き、マスメディアが社会的に裁いたとしても、カヨと清史をジャッジできる「個人」はいない気がするんです。
本書のタイトル『異常に非ず』という言葉は当初、花川清史に向けていました。それが物語を書き進めるうちに、清史の周りにいた人や環境にもスライドしていきました。母親の子育て、交際していた女との関係、それだけが理由ではない。ひとつひとつのシーンを積み重ねていく毎に、何層も積もったまま消えることも薄れることもない傷を強く感じるようになりました。
――作中では、昭和時代に話題になった文学や映画、音楽がたくさん登場し、終盤には中上健次の短編「十九歳の地図」の映画化にも言及があります。
桜木 あの時代、やっぱり中上さんの登場は印象的だったし、『十九歳の地図』の映画は当時、中学生の私でも知っていた。一九七九年に公開された映画のリストを確認した時、一番目を引いたので選んだんです。
――ありがとうございます。最後に、刊行を控えた今の気持ちをお聞かせください。
桜木 『週刊新潮』で連載中も、本になる時も、『異常に非ず』は同じ校閲さんに担当していただきました。その人のエンピツは非常に真摯で説得力があり、格好つけて言うなら魂が込められていた。エンピツひとつひとつに、血が通っているのを感じました。
作中で近藤が、「人間がいっぺん身体の中に取り込んで体温で温めて出したもんは、必ず人の心に沁みて行くんや」と言っています。自分の体を通して出てきたものには、ちゃんと体温がある。それがあるとないでは大違いだと教わりました。この作品は、連載中も単行本にする作業でも、体温を感じるやりとりがいくつもあった。それぞれのポジションで、それぞれが自分の中の細かな傷と向き合えた、悔いのない仕事でした。『異常に非ず』は、編集者も校閲も書き手も、誰も妥協しないいい本になったと思っています。(おわり)
★さくらぎ・しの=作家。二〇〇二年「雪虫」でオール讀物新人賞を受賞。二〇〇七年同作を収録した単行本『氷平線』でデビュー。二〇一三年に『ラブレス』で島清恋愛文学賞、『ホテルローヤル』で直木賞を、二〇二〇年に『家族じまい』で中央公論文芸賞を受賞した。著書に『硝子の葦』『ワン・モア』『起終点駅』『無垢の領域』『蛇行する月』『ブルース』『霧』『裸の華』『氷の轍』『砂上』『ふたりぐらし』『光まで5分』『緋の河』『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』『孤蝶の城』『ヒロイン』『彼女たち』『谷から来た女』『青い絵本』『人生劇場』など。一九六五年生。
書籍
| 書籍名 | 異常に非ず |
| ISBN13 | 9784103277279 |
| ISBN10 | 4103277270 |
