2025/12/12号 6面

変わりゆく戦没者慰霊

変わりゆく戦没者慰霊 由谷 裕哉編著 角田 燎  戦後80年が経過し、戦争体験者と近しい関係にあった人々の高齢化が深刻化している。毎年開催されている全国戦没者追悼式では、配偶者の出席者はいなくなり、遺族の多くが戦後に生まれた世代になっている。全国に点在する戦没者の慰霊行事や慰霊碑などのモニュメントを管理する担い手の不足、高齢化も深刻になっている。管理が行き届かなくなったモニュメントは増えつつあり、中には、誰がどのような目的で建てたのかさえ分からなくなったものも少なくない。  こうした状況のなかで、日本では戦没者をどのように慰霊してきたのか。全国に点在するモニュメントは、誰が、どのような経緯で建立し、現在は誰がその行事を担っているのか。本書『変わりゆく戦没者慰霊』は、その点を考えるうえで格好の書である。  いうまでもなく、戦没者慰霊はアジア・太平洋戦争にかかわるものにとどまらない。本書の時枝務「戦場の慰霊碑」では、幕末の天狗党の乱のなかで起こった水戸の天狗党と高崎藩の下仁田戦争の慰霊碑の分析が行われ、対外戦争ではないが故に、その碑に旧藩意識が根強く残っていることが指摘されている。佐藤喜久一郎「公園の石碑と英霊殿」では、群馬県の伊勢崎公園を事例に公園の慰霊空間化が論じられている。同公園には複数の碑や英霊殿が併存しており、その形成には町や在郷軍人会だけでなく、寺をはじめとする様々な主体が関与していた点が明らかにされる。及川高「沖縄地上戦をめぐる慰霊碑の形成過程」では、沖縄に400基以上ある慰霊碑の分布や建立年、建立主体が整理される。そのうえで、遺族や戦争体験者が持っていた戦没者への固有の思いが、平和祈念公園に統合されない個別の慰霊碑を生み出していったことが指摘される。由谷裕哉「茨城県大洗町における戦争モニュメントと戦死者慰霊行事」では、茨城県大洗町における戦争モニュメントと慰霊行事が分析される。遺族や町を担い手とする遺族会の慰霊行事が続けられる一方で、かつて戦友会が行なっていた戦艦の慰霊祭は、担い手が神社に移り、さらに近年では「艦隊これくしょん」(艦これ)のファンも受け入れる開かれた慰霊行事として展開されている点が紹介される。血縁や地縁、所属といった既存のつながりに依存しない新たな担い手が現れているという興味深い事例である。そして、艦これファンがなぜ戦没者慰霊に関わるようになっているのかを検討するのが、川出康博「『聖地巡礼』と戦死者慰霊」である。アニメや映画などのゆかりの地を訪ねる「聖地巡礼」というファン文化が、艦これに登場する艦艇にゆかりのある慰霊碑や慰霊祭へと向かわせている点が示される。ここでは、艦これをきっかけに、実在した戦没者やそのゆかりの地へと関心が向けられていく一端が描かれている。  本書は、時代や地域の異なる事例を取り上げながら、日本社会が戦没者とどのように向き合ってきたかを示している。そのうえで、戦没者慰霊は国家や地域共同体による固定的な営みではなく、多様な主体が関与し続ける動的な実践であることを明らかにする。戦争体験者が去りつつある現在、慰霊の意味や担い手のあり方といった現代的な課題を考えるうえで重要な示唆を与える一冊である。  本書を読んで印象的なのは、研究者が総力をあげて調べても、慰霊碑の建立の経緯や由来にたどり着けないモニュメントが少なくないという点である。慰霊碑は、建てさえすれば後世に記憶が受け継がれるものではない。碑が時間とともに風化し、由来が失われていくものもあれば、記録と行事が受け継がれるものもある。その違いそのものが、今後の戦没者慰霊を考えるうえで重要な探究対象となるだろう。(つのだ・りょう=立命館大学立命館アジア・日本研究機構専門研究員・社会学・歴史社会学)  ★よしたに・ひろや=金沢大学客員研究員・小松短期大学名誉教授・加能民俗の会会長・宗教民俗学・社会学。石川県生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学。博士(社会学)。著書に『近世修験の宗教民俗学的研究』『白山・立山の宗教文化』『郷土史と近代日本』『白山・石動修験の宗教民俗学的研究』、編著に『郷土の記憶・モニュメント』『郷土再考』、共著に『近世修験道の諸相』、共編著に『能登の宗教・民俗の生成』、共著に『サブカルチャー聖地巡礼』など。一九五五年生。

書籍

書籍名 変わりゆく戦没者慰霊
ISBN13 9784639029236