2026/02/27号 3面

ファシストは未来を支配するためにいかに過去を改竄するのか

ファシストは未来を支配するためにいかに過去を改竄するのか ジェイソン・スタンリー著 井上 弘貴  第二次トランプ政権発足後もアメリカ国内の政治的文化的対立は変わらず続いている。移民税関捜査局による移民取り締まりなどを例にとれば、その対立はむしろ激しさを増しているとも言える。そうしたなか、本書は中立的に現状分析をするというよりも、アメリカの内外で起きている左右の対立状況に、リベラルの立場から介入する書である。本書の内容は、邦訳タイトル(原著ではサブタイトル)が適切に要約しているとおりである。過去のファシズムがそうであるように、現代のファシズムもまた、いかに差別や抑圧を正当化し、支配者集団の偉大さや純血性を確立するために歴史の多様性を消去しているか。本書はナチスやスターリンの事例を参照しつつ、アメリカだけでなく、ハンガリー、ロシア、インドなどで起きている独裁的な動きに批判のメスを入れている。  とはいえ、本書の中心をなしているのはアメリカの現状である。第一次トランプ政権下の2019年、『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』誌が1619プロジェクトと呼ばれる特集を組み、ヴァージニア植民地に黒人奴隷が初めて連れてこられた1619年こそがアメリカの原点であるというキャンペーンを始めた。アメリカにはその歴史的出発点から人種差別が構造的に組み込まれてきたのであり、アメリカの黒人たちこそが反抗と抵抗をつうじてアメリカの理想を実現させてきたのだと1619プロジェクトは訴えた。これにたいしてトランプ政権が立ち上げたのが1776委員会だった。この委員会はアメリカ独立宣言の出された年を委員会名に掲げ、アメリカ建国の偉業を言祝ぐ報告書を作成した。委員長を務めたのは、本書で「極右キリスト教系の大学」としてたびたび言及されるミシガン州のリベラルアーツカレッジ、ヒルズデール大学の学長である。それゆえに本書は、古典教育を無批判に称揚する傾向にたいして一章を割いて批判的吟味をおこなっている。  他国や先住民を支配する、自己肥大的な国家観を内包したナショナリズムを本書は至上主義的ナショナリズムと呼んでいる。しばしば指摘されるアメリカの例外主義を、著者のジェイソン・スタンリーは、この至上主義的ナショナリズムの派生型として捉える。その中心をなしているのは白人至上主義である。それに対置するかたちで著者が構想するのは、反植民地主義的ナショナリズムである。著者によればアメリカにおいてそれは、多様性を抑圧するのではなく大いに育み、構造的な人種差別に向き合うことを意味する。  本書は冒頭、ドイツで女優をしていた著者の父方の祖母、イルゼ・スタンリーのエピソードに触れている。ドイツ系ユダヤ人のイルゼは、人類学者としてのちにケニアを研究し、植民地主義とファシズムの近さを指摘した父のマンフレッド・スタンリーとともにアメリカに難民として渡った。著者が以前に『ガーディアン』紙に語っているように、マンフレッドはナチス政権下のドイツでのユダヤ人迫害である水晶の夜も経験している。本書の後半では、ポーランド系ユダヤ人である母方の祖父母がシベリアの強制収容所から生還後、ニューヨークに移民として戦後、渡ったことにも紙幅が割かれている。著者の家族史が織り込まれるかたちで書かれることで、アメリカをはじめとして世界各地で頭をもたげているリベラルな民主主義を敵視する動きを前に、どうして著者がここまで強く切迫感に駆られているのかを本書から感じとることができる。  本書の原著刊行後、アメリカでは第二次トランプ政権がスタートした。著者はそれまで所属していたイェール大学を離れ、カナダのトロント大学に移籍している。かつてアメリカは、迫害を逃れる著者の父や祖父母を受け入れた。そのアメリカから離れる決断をした著者の近況を見るにつけ、現在のアメリカの政治的文化的対立の根深さを思わずにはいられない。(森本奈理訳)(いのうえ・ひろたか=神戸大学大学院教授・政治理論・公共政策論・アメリカ政治思想史)  ★ジェイソン・スタンリー=アメリカの哲学者・言語哲学・認識論・政治哲学。トロント大学教授・キーウ経済大学卓越教授。著書に『ファシズムはどこからやってくるのか』、『プロパガンダはいかに機能するのか』(未邦訳)など。一九六九年生。

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