2026/02/06号 3面

北方領土を知るための63章

北方領土を知るための63章 名越 健郎・大野 正美・常盤 伸・小泉 悠編著 田畑 伸一郎  本書は、「〇〇を知るための〇章」というタイトルの明石書店エリア・スタディーズの217番目の本として出版されたものであるが、同シリーズでこれまでに刊行された本と比べると次の違いがあると思った。まず第1に、これまでの本はすべて外国についての本であったが、本書は「日本の領土」についての本である。もう1つは、他にも例があるかもしれないが、執筆が少数の人に集中していることである。編著者の1人である大野正美が17もの章の執筆を担当しているほか、他の編著者3名と編集協力者の吉岡明子の5名で、全体の7割近い43の章を執筆している。5章ずつ執筆している黒岩幸子と谷内紀夫を含めると、この7名で53の章を書いていることになる。現地を訪れたことのあるようなこの地域の専門家が限られていることの証左であろう。編著者の名越健郎、大野、常盤伸はソ連・ロシア関係ではよく知られたジャーナリストであり、小泉悠はロシア軍事研究の第1人者である。  63章から成る本書は、ⅠからⅦまでの7つの部に分けられているが、その分け方と並べ方はなかなか興味深い。具体的には、Ⅰが領土問題、Ⅱが軍事、Ⅲがソ連期、Ⅳが現在の経済・社会、Ⅴが基礎知識、Ⅵが人的交流、Ⅶが歴史となっている。普通の地域を対象にするのであれば、基礎知識や歴史から始まり、古い時代から現在という並びになるだろうが、領土問題から始まって、当該地域の軍事的意味合いが冒頭に置かれていることには、この地域の特殊性あるいは編著者たちの深い思い入れを感じる。因みに、11章から成るⅠは、7つの章を常盤が執筆し、Ⅱは6つの章すべてを小泉が執筆している。  本書の刊行を知ったときに最初に思ったことは、「なぜこんな時期に出すのか」というものだった。ロシアのウクライナ侵攻によって、北方領土問題の解決は著しく遠のいてしまった。この問題に対する世間の関心も相当小さくなってしまったのではないだろうか。しかし、1989~1991年頃における社会主義体制とソ連の崩壊、冷戦の終焉を受けて、北方領土をめぐって様々な動きがあったこと、2022年がこの30年余りのポスト冷戦期の終わりを画する年になったことを考えると、今、北方領土について一旦まとめておくことには、大きな意義があるように思えてきた。  本書で詳しく記述されているように、この30年間に領土問題に関しては結局のところ進展がなかったわけであるが、本書を読むと、この期間に様々な交流があり、多くの調査が行われたことが分かる。それらは、地質、火山、生態系や遺跡の調査を含むものであり、このようにして交流や調査が進んだことだけでも、この30年間は非常に有意義であったように思われてきた。領土問題の解決が第1目標であるとしても、交流が密になることのメリットは大きいと思った。  この30年間の北方領土問題に対する日本政府の対応に関しては、様々な評価があるだろう。このときにこれをやっていればよかったとか、このときにこれをやったのは全くの誤りであるとか、そういった類の話は尽きないと思われる。その意味で、Ⅰの「北方領土交渉と返還運動」の部分については、誰が書くかによって相当異なるものになったと思われる。本書では、この部分は実質的に常盤が1人で執筆している。日本のなかでも、他の見方や評価があることについてもう少し説明した方がよいのではないかと思う反面、それでは非常に分かりづらい記述になってしまったかなとも思われた。  評者は、この2年ほど、北海道庁が組織している「北方領土セミナー」で講師の1人を務めており、本書を手にしたときにまさにその講義の準備をしていたが、受講者にとって本書が北方領土に関する最良の参考書であることは間違いないと思った。歴史から現在の状況まで、これだけの専門家がコンパクトにまとめた本はこれまでなかった。多くの人に手に取っていただきたい本である。(たばた・しんいちろう=北海道大学名誉教授・ロシア経済)  ★なごし・けんろう=拓殖大学客員教授。  ★おおの まさみ=ジャーナリスト。  ★ときわ・しん=東京新聞・中日新聞編集委員兼論説委員。  ★こいずみ・ゆう=東京大学准教授。

書籍

書籍名 北方領土を知るための63章
ISBN13 9784750359946
ISBN10 4750359947