2025/12/19号 5面

中国文学

中国文学 濱田 麻矢  二〇二五年一二月現在、日中関係は緊張したままだ。日中交流イベントのキャンセルが続々と報じられ、日中間のフライトもずいぶん減便されている。それでも、中国大陸の文学の翻訳と紹介は途切れることなく続いているのが救いだ。  去年本欄でも紹介した鄭執『ハリネズミ・モンテカルロ食人記・森の中の林』が第一一回日本翻訳大賞に輝いたのは嬉しいニュースだった。今年は、鄭執と同じく瀋陽出身の双雪濤『平原のモーセ』が小学館から刊行された。鄭執とは違う手触りで今の東北をえぐり出す短篇小説集で、近年米国や台湾でも中国東北文学の紹介が進んでいることを考えると、「中国東北部発世界文学行き」という帯文は全く誇張ではない。翻訳は大久保洋子さん、今いちばん信頼できる中国文藝翻訳者の一人だ。  同時代作家では、閻連科『聊斎本紀』(谷川毅訳、河出書房新社)も注目される。古典『聊斎志異』を緯糸に、「聊斎」に魅入られた康熙帝の行跡を縦糸にする壮大なフィクションで、伝奇小説ファンも飽きさせない。歴史物といえば、日本でも人気の馬伯庸のデビュー作『風起隴西 三国密偵伝』(齊藤正高訳、ハヤカワ・ミステリ)も翻訳された。名もない人物に焦点を当て、史実の改変なしに全く新しい様相を露わにする馬伯庸の面目躍如だ。SFでは、南北朝時代に「宇宙大将軍」を自称した一代の梟雄をテーマとした『侯景SFアンソロジー 梁は燃えているか』(大恵和実ほか編、志学社)が出た。日中合わせて十五名の書き手が参加し、縦横無尽に想像力をはためかせた奇書となっている。  台湾からは、まず楊双子の新作『四維街一号に暮らす五人』(三浦裕子訳、中央公論新社)を紹介したい。台中の日本式建築のシェアハウスを舞台に繰り広げられる百合小説。台中グルメ描写と個性際立つキャラクターでぐいぐい読ませる。ライトなタッチながら、性的マイノリティと社会の関係に深く食い込むところに楊双子の真骨頂がある。前作に続き、三浦裕子さんのゆき届いた訳注も素晴らしい。  次に黄錦樹『南洋人民共和国備忘録』(福家道信ほか訳、白水社)。「サイノフォン2」と銘打たれている。華語文学(サイノフォン)とは「中華」と「非中華(周縁)」という二項対立から抜け出そうとする概念で、本欄冒頭の「世界文学としての中国東北文学」ともつながる。マレーシア出身の黄錦樹は、長期にわたって東南アジアでの左翼政治闘争を牽引してきたマラヤ共産党史を創作の源泉の一つとしてきた。本書は黄錦樹自身が過去作品から二十四篇を選んだもので、タイトルも含め日本版オリジナルだ。歴史の襞から「あったかもしれない未来」が複合的に蘇ってゆくさまは圧巻である。  現代台湾の息苦しさを描いた何致和『地下鉄駅』(及川茜訳、河出書房新社)は、線路に飛び込んで自死を選ぶ人々と、その防止策に奔走する地下鉄職員とをオムニバス的に描く。「生を手放さずにいることは、こんなにも難しい」という作者の言葉は重い。この重みを及川茜さんの日本語が精確に伝えてくれている。  最後に、中国でも台湾でも圧倒的な人気を誇る華語作家、張愛玲『半生の絆』(濱田麻矢訳、ハヤカワepi文庫)を紹介する。一九三〇年代の上海と南京を舞台にしたラブストーリーだが、恋愛小説としても、家族小説としても全く古びない魅力に満ちている。中国文学は恋愛小説と縁遠いと思われがちだが、この一冊を読めば決してそうではないことがよくわかるはずだ。(はまだ・まや=神戸大学教授・中国語圏文学)