日本統治期台湾野球史のアルケオロジー
謝 仕淵著
井上 裕太
本書は、近年国際大会で目覚ましい躍進を遂げている台湾野球の源流を辿るべく、日本統治期に光を当てた一冊である。今日の台湾において、野球は「国球」と称されるほど、世代を超えて愛される文化として深く根付いているが、本書はその歴史的背景を丹念に掘り下げることで、台湾野球の現在を理解するための確かな基盤を提示している。
本書の意義は、大きく二つに整理することができる。第一に、台湾史の視点から、野球が日本統治期にどのような影響を受け、いかなる形で社会に浸透し、定着していったのかを具体的に描き出している点である。野球は単なる外来スポーツとして伝わったのではなく、日本統治下において、教育・地域・民族等と密接に結び付きながら、台湾社会の内部で独自の意味を獲得していった。本書を通じて、台湾の人々のアイデンティティ形成において、野球が重要な構成要素となり得ることを強く実感させられる。
第二の意義は、日本史の視点から野球の地域史を再考する契機を与えている点にある。日本野球の発展史を語る際、北海道から沖縄までの、今日の日本列島内部の歩みだけでは、その全体像を十分に捉えきることはできない。帝国主義下の日本において、樺太、朝鮮、満洲、そして台湾といった植民地・占領地でも野球が普及し、各地域で発展していったからである。こうした歴史を射程に入れずに日本野球を語ることは、歴史像を単純化し、重要な側面を見落とすことに繫がりかねない。本書は、日本野球史を、帝国主義という時代背景を加味した上で捉え直す必要性を、台湾の事例から鮮明に示している。こうした研究は、従来、日本の研究者のみの視点では十分に掘り下げられてきたとは言い難い。その意味で、本書が台湾の研究者によって台湾で出版され、さらに日本語に翻訳されることで、日本の読者に新たな歴史認識の視座を提示している点には、極めて大きな価値がある。研究主体の位置そのものが、歴史理解の射程を拡張している点は、特筆すべきである。
また、本書を読み進めると、オーラル・ヒストリーの蓄積を基盤としている点に気付かされる。文献史料のみでは捉えきれない当時の実態や当事者の感情・感覚が、数多くの証言を通じて具体的に浮かび上がってくる。例えば、一九三一年夏の甲子園大会で準優勝を果たした嘉義農林は、漢人・原住民・日本人の三民族混合という特色を有したチームとして知られているが、同校では先輩後輩制度が導入されていた。本書では、「先輩には後輩を鍛える権利があったから、私も入部初日に訳もなく殴られた。練習が終わり着替えると、先輩は三年生以下に集合をかけて、三年生から順番に殴り、どうして殴られているかを聞くのだ。理由を聞くと、ボールがイレギュラーバウンドして先輩にあたり、それで監督に叱られたので、グラウンド整備の後輩に八つ当たりして、私達まで殴ったのだ。学生間の処罰は、先輩後輩の関係で行われたので、日本人、台湾人の区別はなかった。ある種の文化だったから、他の学校も同様だった」といった証言を紹介し、民族の区別なく、先輩が後輩を〝指導〟するという野球部内部の文化を具体的に描き出している。こうした記述は、インタビュー調査の蓄積があったからこそ明らかにできるものであり、著者の長年にわたる地道な調査の成果が、凝集したものと言える。
加えて、その調査対象は幅広く、中等学校の野球のような大衆から大きな注目が集まるものばかりでなく、軟式野球のような娯楽として草の根レベルで親しまれた野球の状況についても言及している点も印象的である。野球好きの若者が、出勤前や退勤後、更には休憩時間に練習する様子も、当事者の証言から明らかにされている。「本省青年のチームには、商店店員が多く、各自で会費を払い、時間を見つけては練習した。上司や店長から責められてもやめなかった」という証言からは、当時の人々が野球に寄せていた情熱とその社会的広がりを、生き生きとした姿とともに具体的に想像することができる。
以上のように本書は、スポーツ史という枠組みに留まらず、地域性・民族性・政治性といった多様な視点を交差させながら、野球という文化の意味を重層的に捉え直すことを可能にしている。台湾野球史の研究書としてのみならず、帝国日本とスポーツ文化の関係を考える上でも、重要な示唆を与える一冊である。(鳳気至純平訳・菅野敦志解説)(いのうえ・ゆうた=弘前学院大学文学部講師・大衆文化史・博物館学)
★シャ・シエン=国立成功大学歴史学科准教授・スポーツ文化史。
書籍
| 書籍名 | 日本統治期台湾野球史のアルケオロジー |
| ISBN13 | 9784883036189 |
| ISBN10 | 4883036189 |
