2025/03/21号 4面

ネコはどうしてニャアと鳴くの?

ネコはどうしてニャアと鳴くの? ジョナサン・B・ロソス著 服部 円  「ネコノミクス」という流行語が生まれて約10年。2025年に経済学者が発表したネコが生み出す経済効果は2兆円を超え、餌や飼育費用だけでなくネコグッズなどの関連消費も衰える気配はない。またネコ好きでなくとも、東京大学でおこなわれていた腎臓病の治療薬の研究に3億円の寄付が集まったというニュースを耳にした人もいるだろう。これほどまで人々を熱狂させるネコとは一体なんなのか。  ネコにまつわる書籍は数多く出版されているが、その多くが飼育方法の紹介やネコの飼い主によるエッセイ、愛らしい姿を捉えた写真集が大半だ。一方、本書は進化生物学という視点からネコについて解説している。著者のジョナサン・ロソスは進化生物学で名を成したトカゲ研究者であり、前作『生命の歴史は繰り返すのか?』では進化について最新の研究を一般向けにわかりやすく解説したことで知られる。そして、幼い頃からネコと暮らしてきたという根っからのネコ好きである。つまり、ネコ好きのおじさんが趣味と仕事を混同して、ネコを科学的観点から本気で解説してしまったらしい。これは読まないわけにはいかない。  第3章に、手袋を使ったとってこい遊び(フェッチ行動)をする著者の愛猫ネルソンが登場する。これは近年、ネコ研究者の間で話題となっている「イヌ化するネコ」の典型的な行動であり、イヌのような飼い主との関係を構築するネコが増えているという仮説を象徴するようなエピソードである。著者はこの行動を特別な才能だと考え、愛猫がテレビスターになることを夢見る。ところが、実際にはフェッチ行動をするネコは多く、著者もそれに気がつく。そして、なぜネコがフェッチ行動をするのか、野生ネコについてはどうなのかを調べることになる。これがネコの面白さである。超一流の研究者が、自宅でおきた何気ないネコとの戯れから、ネコの研究に辿り着くわけである。ほかにも、なぜ成ネコ同士では使わないニャアという鳴き声を人に対して使うのか、尾をあげるコミュニケーションをおこなうのか。さまざまなネコに関する疑問をひとつずつ研究成果とともに解説していく。とはいえ、これらの疑問にはまだ解明されていない点が多い。  一方、ネコについて明らかになっていることもある。6章に登場する、ネコの祖先種がキタアフリカヤマネコ(ネコ好きはリビアヤマネコという名前のほうが馴染みがあるかもしれない)であることを発見したドリスコルの研究である。世界各地のネコのデータを集めて遺伝子解析するため、ドリスコルはわざわざバイクで研究者を訪れ、時には自分でネコを捕まえてDNAを採取したという。博物館のミイラからDNAを採取するくだりは、さながら映画のような息を飲む描写である。研究者とは未知の世界に飛び込むことのできる冒険家でもあるのだ。ネコの祖先種を同定するためのエピソードはさまざまな本で書かれているが、これほどリアルに、かつまるで推理小説のような展開は著者の圧倒的な筆力によるものであろう。  続いて11章では、キャットショーに関する興味深い議論が展開される。日本では近年、保護猫活動が盛んになり、ペットショップよりも保護猫の里親になることが推奨されている。しかしアメリカやイギリスでは純血種によるキャットショーが人気だ。ドッグショーとは異なり、ネコは障害物競走はしない。その毛色や形態で評価されるのだ。ネコ好きからしたらどんなネコも可愛いもので、わざわざランク付けをするなんてと思うかもしれない。しかし、キャットショーに登場する多様なネコの姿は、自然淘汰ではない、好事家の人為淘汰の成果を知ることができる。そのため進化生物学者である著者はネコの多様な品種に生物学的な視点で分析をおこなう。  もちろん、ネコを語るには野良猫の生態系への問題は無視できない。日本は環境省が室内飼いを推奨しているため、都心部では多くのネコが外にでることはないだろう。しかし、イギリスでは室内に閉じ込めておくことはネコの行動を制限してしまうという理由から、いまだに半野良となっている場合が多い。16章では、飼いネコが屋外でどのような行動をしているか小型カメラを首輪に取り付ける調査が紹介されている。これは小型カメラの開発により可能となった技術で、研究の進展は技術の進展に支えられていることがわかるエピソードである。また本文内にQRコードがついており研究のため撮影された動画をみることができる。ネコがどれくらい離れた距離を散歩しているのか、そしてネズミや鳥などを捕食しているのか。生態系にも影響を与えるネコの屋外生活について賛否はあれど、実態を調べるために研究はまたしても映画のような物語として綴られている。結論だけ言えば、人間にも毎週末外出する人もいれば、家にこもって本を読んだり動画をみたい人もいる。ネコも同じく遠くまでいきたいネコと快適な家から動きたくないネコがいるのである。  進化生物学の視点からネコに関するさまざまな研究を紹介していく中で、ネコの行動や性格が多様であることを理解できるだろう。ネコ好きには勉強熱心な人が多い。言葉も通じず気まぐれなネコの「わからなさ」を知りたくて、ネコについて書かれた本を手に取ってしまう。タイトル通り、すべてのネコ好きが読むべき一冊である。(的場知之訳)(はっとり・まどか=編集者・ネコ研究チーム「CAMP NYAN TOKYO」メンバー)  ★ジョナサン・B・ロソス=進化生物学者・セントルイス・ワシントン大学教授。

書籍

書籍名 ネコはどうしてニャアと鳴くの?
ISBN13 9784759824001
ISBN10 4759824006