SF 冬木 糸一  最初に紹介したいのは、芥川賞受賞作の『コンビニ人間』などで知られる村田沙耶香によるディストピア長篇『世界99上下』(集英社)だ。この世界には性欲の処理、果てには妊娠・出産までもを担当させられる愛玩動物の〝ピョコルン〟が存在し、そんな世界での女性の役割・立場がどのように変化していったのか。または何も変化などしていないのかといったことを思考実験的に描き出していく。差別の構造や差別が解消されるのがどんな時なのかといった解像度が高く、現代社会の暗部を暴き出すような作品で、読んでいてゾッとする読後感を残す。  続いて紹介したいのは、日本SF大賞を受賞した『自生の夢』などで知られるSF作家飛浩隆が、「文藝」をはじめとした文芸誌に寄稿した作品を主にあつめた短篇集『鹽津城』(河出書房新社)だ。在任四十年を超えた日本の総理大臣が、国家とは家族の幸福の最大化を図るものであると唱え、家族を持たぬものが割りを食うディストピア的な未来を描き出していく「流下の日」。男性も妊娠するようになった遠未来など、三つの世界を相互に関連・交錯させながら描き出していく気候変動テーマの表題作など、著者の新境地の開拓作といえる、深い余韻を残す作品が揃っている。  『遊戯と臨界』(東京創元社)はゲーム系の作品を得意とする作家赤野工作によるゲームSFをまとめた短篇集。光の速さで通信しても片道一・三秒の時間がかかる地球と月で対戦を行う二人のゲーマーの物語「お前のこったからどうせそんなこったろうと思ったよ」を筆頭に、絶対にこの著者以外には書けないと確信させる特異な作品が並んでいる。日本SFとしては最後に、NHKの放送一〇〇年特集ドラマの原作にあたる小川哲『火星の女王』(早川書房)も、壮大なスケールで火星に植民した人類の姿、超光速通信(の可能性)や、火星の地球外生命体をテーマにして描き出していて、シンプルなエンターテイメントとしての完成度が頭一つ抜けている。  ここからは翻訳SF。二つの言語間の翻訳のズレが魔法となって現れる、特殊な言語ファンタジイ&改変歴史ものであるR・F・クァン『バベル オックスフォード翻訳家革命秘史 上下』(古沢嘉通訳、東京創元社)は今年もっとも印象に残った翻訳SF長篇だ。魔法に明確なロジックがあり、翻訳の楽しみと奥深さを伝えてくれる傑作だ。続いて、フランスの哲学者・作家であるトリスタン・ガルシアによる『7』(高橋啓訳、河出書房新社)は、六つの短篇と一つの中篇で構成された中短篇集。完全に情報を遮断する〈半球〉が開発され、人々は菜食主義など細かな思想信条ごとにこの半球内に引きこもるようになった未来を描き出す「半球」など、各篇がSFとしてレベルが高いだけでなく、最後の転生を繰り返す男性を描いた中篇「第七」でそれまでの各短篇をまとめあげるような衝撃的な展開が訪れる。  中国SFとしては、アンソロジーの『宇宙墓碑』(早川書房)が印象に残った。ゾンビ目線の語りで進行する(ゾンビになっているが認知機能や記憶はそのままなので、ゾンビ映画になぞらえてツッコミを入れていく)「彼岸花」。火星の植民者たちが、地球への帰還を求めてチケット争奪戦で大慌てする「大衝運」など、多様なテーマの作品が揃っている。  最後に紹介したいのは、第二次世界大戦期のアメリカを舞台にした怪獣長篇のジェイムズ・モロウ『ヒロシマめざしてのそのそと』(内田昌之訳、竹書房)。アメリカ海軍は日本軍を降伏させるために遺伝子改変で全長四〇〇メートルの怪獣を作り出すが、コントロールできないので解き放つことができない。それゆえ、ミニチュアの着ぐるみでデモンストレーションを行って日本の使節団を震え上がらせようと試みるのだが――と、バカバカしい冒頭ながらも特撮と怪獣への愛に溢れ、実は核の悲惨さといったテーマからも逃げなかった、哀切漂う傑作だ。(ふゆき・いといち=レビュアー・ブロガー)