2026/02/20号 6面

映画が娯楽の王様だった

映画が娯楽の王様だった 戸田 学著 高鳥 都  淀川長治の神戸、山田洋次の東京──と銘打たれているが、三八四ページからなる本書は三部構成であり、最大のボリュームは神戸でも東京でもなく、大阪成分濃いめの第二章「映画雑感」だ。二〇〇ページを超える分量にコラムが詰め込まれ、なにが出てくるかわからない闇鍋の楽しさがある。  この第二章は脚本専門の月刊誌『シナリオ』の連載をまとめたものだが、まさに「映画語り」と呼ぶにふさわしい名調子、上方演芸をめぐる著書も多い戸田学らしい目のつけどころで、毎回キーとなるセリフを引用しつつリズミカルな怒濤の横すべりによって諸作が紹介されていく(なかでも読点を打たない文章が、しゃべくりのような勢いを感じさせる)。  関西人の著者らしく、織田作之助原作の『夫婦善哉』を筆頭に古今東西の映画が登場するが、たとえば高倉健主演の任俠映画『冬の華』から始まるコラムでは「小沢昭一が中国人を演じた最後の作品だということはあまり話題にならない」と早々に宣言、川島雄三の監督作『貸間あり』や『雁の寺』へとスライドし、『私は河原乞食・考』を著した小沢の放浪芸探求学者としての側面に光を当てる。  かくのごとく、出だしからは予想できないテキストの連続であり、歯切れよく手短なオチの脱線がまた楽しい。なお、洋画の字幕・吹替の差異についても異常に詳しい。しっかり著者の体験を混ぜ込んだコラムは批評や評論、考察ではなく、やはり「映画語り」と言いたくなる。そして、なにより未見の映画は見たくなり、鑑賞済みのものまで見返したくなる〝芸〟に満ちている。  さて、「映画語り」といえば淀川長治だ。テレビ朝日の「日曜洋画劇場」でもおなじみだった映画評論家へのインタビューから本書は始まる。日本で初めてキネトスコープ作品が上映された地・神戸に生まれ育った淀川が、これまた怒濤の勢いで草創期の映画と映画館を語り継ぐ。  「太鼓もね、全部歌舞伎の下座ね」のごとく、語尾に「ね」が続く淀川節も心地よく、合間には氏の著書から往時の神戸の様子が引用される。この二重構造が珍しくも立体的に、港を有したハイカラ都市の映画事情を活写するわけだ。  さらに戸田は、文筆家としての淀川長治も再評価。イデオロギーに囚われず「心で、身体で感じた感覚をあくまで大切に」「リズム感あふれる平易な文章」は、そのまま第二章──著者みずからのテキストへと引き継がれる。  第三章では『男はつらいよ』の監督・山田洋次が論じられる。落語映画としての「フーテンの寅さん」の魅力は、すでに前章でも言及されていたが、ここにきて本領発揮。戸田の喜劇に対する造詣は、東京の下町だろうと容赦ない。  ──と、ここで唐突に自分語りを差し込むならば、本書の書評を頼まれた直後、たまたま評者のもとに別の媒体から『男はつらいよ』の原稿オファーが舞い込んだ。渥美清の寅さんと浅丘ルリ子演じるマドンナ・リリーの恋路についてだ。そして新年早々、さぁ書くかと思った矢先に身内が急死、帰省したばかりの実家へと戻り、葬儀場の個室で原稿作業という人生初の経験を味わった。  故人が眠る棺の前で、夜通し寅さんシリーズを鑑賞……はたから見れば、まったく喜劇だろう。そして今(申し訳ないことに締切を延ばしてもらった)この書評に打ち込んでいる次第。おかげで、わが思い出の大都会が神戸だったことまでよみがえる。そうそう、『男はつらいよ 寅次郎忘れな草』における寅さんやリリーたちの、延々四ページに及ぶセリフ引用だって泣けてくらぁ……。  本書に話を戻すと、山田洋次へのインタビューも収録。戸田の発言多めの初回は、いささか意余って空回りの印象だが、ハナ肇とクレージーキャッツについての二度目は実に読みごたえがある。『男はつらいよ』前夜となる山田の喜劇キャリアも掘り下げており、ぜひ三たび四たびを期待したい仕上がりだ。  さかのぼっての序文では、脚本家の西岡琢也が「脅威の記憶力を誇る、聞き上手」と題して著者を紹介しているが(第二章の連載コラムは西岡の発案によるもの)、ちょっと持ち上げすぎじゃないかというハードルを、ひょいとクリアしてくれる快書である。西岡が「達者」と推す戸田学のしゃべくり、いつかそちらも聴いてみたい。期待してまっせ!(たかとり・みやこ=ライター)  ★とだ・まなぶ=映画評論家・作家。著書に『上岡龍太郎 話芸一代』『上方落語の戦後史』『上方漫才黄金時代』など。一九六三年生。

書籍

書籍名 映画が娯楽の王様だった
ISBN13 9784791777501
ISBN10 4791777506